奇跡のきょうだいにやっと出会えました
中山優馬くんが好きで、ドラマや舞台、雑誌などの感想をつらつらと綴りたくて始めたこのはてなブログ。
約10年間の中で全部で94の記事があるのですが、その中でもいかなる時もアクセスされ、どの時でもこのブログの注目記事にあり続けた投稿があります。
それがコチラ。
優馬くんの姉・山田菜々ちゃんとのエピソードを書き連ねたこちらの記事。当時のTwitterのアカウントは凍結され(原因不明すぎて当時泣いた)もうないのですが、共有して載っけたところ、思わぬリツイート数を稼ぎめちゃくちゃ驚いたのを今でも覚えています。あの頃の私はTwitterには収まらない感想や文章を書いて共有することで、優馬くんの魅力を広めたいという、なんともまぁ広報担当みたいな気合いの入れ方で記事を書いていた。本当に大げさじゃなく親善大使ぐらいの使命感は背負っていたと思う。今考えるとめちゃくちゃ烏滸がましいな。
この記事を書いた頃は、優馬くんと菜々ちゃんが姉弟ということは暗黙の了解のような感じで、公式にはされていなかった。でも雑誌などの色々なコンテンツで「弟」「姉ちゃん」として度々登場してくるエピソードが私はすごく好きで、あったかい気持ちになっていたので、その魅力を分かりやすく伝えたくて10選と厳選して記事を書いた記憶がある。我ながら出典先まで明記していて、どこかのまとめサイトが書いたのかと思うほどの熱量とまとまり具合なので、まあまあな人に読んでもらえたのかなと思う。
久しぶりにこの記事を読んだんですけど、最後がこんな言葉で締め括られていた。
いつか共演だったり、関わりが認められた時には私はきっと嬉しくて小躍りするだろう。
この時の自分に言ってあげたい。10年後に小躍りしてるよ!!!!!!!!
と、いうわけで今年の3月に開催された関西コレクションのランウェイを優馬くん、菜々ちゃん、寿々ちゃんの3きょうだいで歩き、正真正銘の初共演となったわけですが。記事で見たときはおったまげたて、エ〜〜〜〜!!!!と声を出した。なかなかないよ、人生で声が出るくらい驚くこと。いやあ、こんな未来あるなんて、ね。
小躍りすると言いながら、反語のように「まあそんなことはないんでしょうけど」くらいに思って書いてたんだから、10年ってすごいなあ。変わるんだなぁ。
この記事を書いてからの約10年間、末っ子の寿々ちゃんがNMB48に入り卒業、菜々ちゃんは芸能界から引退、そして優馬くんは来年の1月末で事務所を退所。と、3人ともが様々なステージを迎えていて。それぞれをゆるりと追いながら、寿々ちゃんのインスタにスタンプで優馬くんの顔だけ隠された3人のプリクラが出てきたり、菜々ちゃんのインスタに普通にゆきち、こまち、ティンクと並んでいるストーリーが上がっていたりと、匂わせどころかもうほぼ言ってるようなもんだろという情報を見るたびに「もうええやろ!」とツッコんではいたんですが。こんなにも堂々とお披露目されるとは思ってなかったもので、それはそれで「え、いいんですか!」みたいな気持ちになった。
それだけでも十分だし、それ以来優馬くんが開設したインスタでは3きょうだいが仲良く絡むようになっていて微笑ましく見ていたんですが。
ある日突然開設された優馬くんの公式Youtubeに、急な連投。
急に供給がスゴイ。追いつかないくらい提供してくれる。何これ。
それもあまりにも自然体で、ホームビデオのようなゆるさ。全員が芸能人というすごい肩書きなのに、こんなにも肩肘張らないきょうだいが他にいるだろうか。
のちにこちらも解禁されていた藤井兄妹との落差にちょっと笑った。いや、このきょうだいはこのアットホームさが良いんですけど。本来ならあれくらいのバチバチさがあって良いはずなのよ、全員芸能人なんだから。まあ色んなきょうだいがいて面白いね(雑な着地)
Youtubeを見ていて、3人でいるときの空気感とか、子どもの頃のエピソードだったりが披露されるたびに、ほんっっっとうに当たり前すぎること言うんだけど、本当にきょうだいなんだなあとびっくりした。いやそりゃそうなんだけど、目の前で当たり前のように会話しているきょうだいが見慣れなくて。新鮮に見てしまった。
最新の動画でもヌルッと菜々ちゃんに電話かける優馬くんがいて、当たり前のように電話をとって「酔っ払ってる時の声やな」と返す菜々ちゃんに「これが見れる世界線なんや…」とまだびっくり出来る。多分あと1年くらいは同じこと思う気がする。そして10年前の自分は絶対に信じてくれないと思う。
あと優馬くんの口から「菜々」と出てくることもまだ慣れない。優馬くんにとって姉という概念はないとは分かってたけど「菜々」呼び…そうか…寿々もそうだし、すご…
「酔っ払ってかけてこんといてな」と軽くあしらう菜々ちゃんと「ごめんごめん〜」と適当に謝る優馬くんの構図好きすぎた。普通に酔っ払って姉に電話掛けられる関係性良すぎるでしょ。一生それしてて欲しい。愛犬ラブな2人なので、3匹連れてドッグラン行く約束してたのも良いし、寿々もリードに繋がってるから連れてくか、なのめっちゃ優馬くんのスタンスすぎる。優馬くんからしたら寿々ちゃんは「飼ってる」という認識なのちょっと笑った。是非きょうだいでドッグラン、実現してほしい!
優馬くんが新しい旅に出るこのタイミングで解禁したこと、3人が楽しそうにしている姿を見せてくれること、そんな意味なんてないかもしれないけど、これから先もひとりじゃないと教えてくれたような気がして、私は嬉しかったです。好きな人たちに囲まれている優馬くんがのびのびとしていて安心しました。全てをコンテンツ化しなくていいし、プライベートでもYoutubeでもどちらでも3人が仲良くしているだけで満足なので、これからも無理せず居てくれたらいいな。
今回、このきょうだいがお披露目されたこと、すっごく楽しく見たんですけど、それを発信する場がココしかないこと、そして共有する場所も無くしてしまったことに気づいて少し寂しくなりました。いやあXに触れなくなったので、削除したのは自分なんですけども。こういうときに残しておけば良かったなあ、と思うのだと気づきました。
ココで発信はしたものの、以前のように共有する媒体もないので、ただただ自分の思いを吐露しただけのブログになりそう。今思えば、書いてる時ももちろん楽しかったけど、こういうのって書いた後に共有してリプをもらったり、ブログにコメントをもらってそれを見るのも楽しみだったんだなあと改めて思いました。やっぱり一方通行よりも共有が楽しいよね、オタク事は(あれ着地ここで合ってんのか?笑)
文章ももっぱら書いていなかったので、うまくまとめられなくなっていてそれもちょっぴり寂しい。自分で言うのもなんだけど、前に書いている自分の記事読んでて楽しいから、またあれくらい書けたら良いのになあ、なんて。
次回は多分、優馬くんのライブに参加するのでその時かなぁ。前回のライブも運がなく、SHOCKは当たり前のように運に見放された(結局自力で当たったことが一度もないまま幕が降りたw)ので、久しぶりの歌って踊る優馬くんになります。
この事務所での最後のステージを見れるという特別感溢れる場所になんとか招待してもらえました。我が生涯に一片の悔いなし、くらいの気持ちで見にいく所存です。勝手に私の中でも何かが完結する気がしている。
本当はそのときの自分の気持ちが全力で言語化できるように、ウォーミングアップしときたくて、この記事を書いたって言うのもある笑。
少しずつ変わっていく事務所でも自分のやりたいことを見つけ、中山優馬としてしっかり在り続けた優馬くん。ここにきて退所の決断は少し意外だったけど、良い人たちが周りにいるんだろうなあというのも垣間見えて、改めて優馬くんの人柄を感じる1年でもありました。今年のビッグニュースは間違いなく、3きょうだいお披露目だったので、来年でものんびりしたきょうだいが見れたら嬉しいなあと思います。良い意味で事務所が変わっても、優馬くんは変わらないと思っているのでそこはあまり心配していないです。
今年の年末、もし実家とかでゆっくりしてたら、写真とかくださいね(結局がめつい)奇跡のきょうだいの活躍、これからも楽しみにしています。
好きなもの好きといえる勇気だけは手放したらダメだよ
気づけば長い間、ブログを更新していなかった。生活環境が変わったりしたこともあって、優馬くんからも、ジャニーズからも距離を置き、もはやオタクと呼べるのかも怪しい中で、私は今渦中のジャニーズ事務所をどこか遠くから眺めている気がする。
ジャニヲタというアイデンティティを人生の半分は背負っているけれど、今は少し距離が出来ているからこそ、冷静な気もするし、逆にあまり考えないようにしているとも言える。
でもそんな私にとっても、それくらい「廃業」というワードは、あまりにも現実味がなく、呆気なかった。一瞬にして「ジャニーズ」という名前が、「加害者」として呪いのようにタレントに纏わりついたこの現実が、やっぱりどうしても信じられなかったし、信じたくなかった。そうなった今になって、ああ離れていても根っからのジャニヲタなんだなあととてつもない喪失感を感じてしまっていた。
ファンという受け取り側ですら、この虚無感とどう向き合えばいいのか分かっていないのに、今まで当たり前のように「ジャニーズ」というプライドを背負ってきたタレント達はこのスピード感の中でどうやって折り合いをつけているのだろう、と思うと胸がギュッとなる。痛い言葉しか浴びせられない四面楚歌のこの状況で、彼らに寄り添えるのはファンしかいないのだけれど、そんな当たり前のことすら狭められているような状況が歯痒い。
もちろん問題になっていることは、許されることではないし、あってはいけないことで、本当ならばご存命のうちに決着をつけていて欲しかった。負の遺産をタレント達に残さないで欲しかった。それにいなくなった今だからこそ言えるような状態であったこと自体も、取り返しがつかなくなってしまった一因だと思う。これからの対応としても真摯に誠実に向き合っていくべきだとも思う。
ただその事実と今全タレントが置かれている状況が、強く結びついてしまうことがすごくすごく残念だ。彼らの努力と愛社精神を誰よりも知っているから、その気持ちの居場所がなくなってしまっていることが何よりもつらい。事務所と一心同体同然で生きてきたことが、ここでもこんなに活かされてしまうなんて。本当は感謝もあるはずなのに、思い出もいっぱいあるはずなのに、もう「許さない」の態度でしかジャニーさんと向き合えない。彼らの純粋な思いに、「どのジャニーさんが本当だったのか」という不純物が混じってしまう。そう考えると彼らの傷だってまた深い。当事者や彼らに比べれば大したことではないけれど、それぞれのファンだって、最初は馴染まなかったのに自担の名前の次に多く呼んで愛着の湧いたグループ名と突然決別しなきゃいけなかったり、どこにも味方がいないような場所で悲痛な顔をしながら意見を求められている姿を見なければならなかったり、次々と活動の場所を奪われていく推したちに何も出来なかったり、無力感を感じる瞬間がたくさんあって悲しかったと思う。この状況を受け入れる時間は、応援してきた時間分と同じくらい必要なのに、目の前で繰り広げられる現実は全然待ってくれない。推しが前を向いていても「ファン」として受け入れがたくて、動けない人もたくさんいたはず。なんで同じように前を向けないんだろうと落ち込む日もあったはず。
そう考えると本当に本当に許されないことをしたと、誰もを不幸にする行為で、重罪だと思わざるを得ない。そしてもういないから責めることも、責任を取ることもできないことが1番罪深い。
もういない人が残していった一連の出来事だけど「ジャニーズ」=「加害者」になったのは紛れもない事実で。 そうなると加害者のみに責任の所在を要求するだけでなく、加害者遺族と同じように、タレントたちにも同じ罪が課せられてしまうのだなと。そう思うのはファンの贔屓目だと、甘やかしだと言われても仕方のないことだと思うけど、広範囲にわたる贖罪に途方もなさを感じている。被害者への補償は当たり前だとして、そのほかは誰に対しての責任なのか、何に対しての配慮なのか、名前を変えれば何が変わるのか。すべての人が納得する答えはきっとないけど「どこかで落とし所やオチがないと終わらない」世間や大衆への見せしめなのかな、とも思う。
それは今の状況を見て痛いくらい分かったから、彼らが腹を括って罪を償ってくという落とし所を引き受けたこと、被害者や芸能界に対してジャニーさんを許さない、決別すると約束したこと、そのすべてで終わらせて欲しい。私たちも彼らの変化を、覚悟を一緒に受け入れるから、周りもその変化に対応して欲しい、新しい彼らを受け入れていくという形で「責任」をとって欲しい。新しい場所では、ジャニーさんの罪を背負った人たちではなくて、1人のタレントとして見て欲しい。そうでなければ、それくらいの見返りや対価がなければ、もう本当に残っていけなくなってしまうから。そうやって一生許されないんだと彼らが絶望してしまうのだけは、絶対に絶対に嫌だから。世間、マスコミ、テレビ局、その他諸々が許しのフェーズに進んで欲しいなと思います。彼らが提示した覚悟に見合った判断をしてくれること、芸能界で生き続けていく彼らの居場所を作ってくれること、今回の対応で何度も絶望したけど、彼らが生き残りたいと願うなら、もう一度信じてみないといけない。それでも許されないとしたら、そんな場所に彼らがいる方がきっと嫌になってしまうのでこれ以上「ファンと推しの時間」を奪わないで欲しいと思います。色んなしがらみに邪魔されず、ただ「好き」の感情だけで推しと過ごせる時間が一秒でも早く戻ってきて欲しいです。
まあこうやって一介のファンがどれだけ気を揉んでも簡単に片付く話じゃないし、半永久的にひとつひとつ解決をしていかなければいけないことだから、私たちに出来ることは変わらずに一緒に歩いて行くことだけだけど。
ひとつこれだけは残しておきたくて。目に見えるように言葉にして、忘れないようにしたくて。前置きにしてはえらく長々と書いてしまったけど、今日は本当はこれだけを言いたくて、久しぶりにここに来た。
私が優馬くんに出会えたのは紛れもなくジャニーさんのおかげで。優馬くんが17年前の今日、ジャニーズ事務所を選んでくれたおかげ。それだけは世間がどれだけ否定をしたって、ジャニーさんを糾弾したって紛れもない事実で。「ジャニーズ事務所に入って良かったと思います」と初めてのソロコンサートで嬉しそうにはにかんだ優馬くんをなかったことにはしたくない。そんな優馬くんがいたこと知ってるのは、誇りに思っていいのはもうファンだけだと思うから、それだけは大切にしていこうと思う。好きなものを胸張って好きといえる、そんな後ろめたくない自分でいることが、ほんのちょっとでも優馬くんの、それから彼らの力になっていればいいなと思う。そして、これから何を選択しても、どんな行き先でも、何も間違いじゃない、勇気ある選択だよと伝えられる優馬くんのファンでありたい。
この記事を書くために久しぶりに自分のブログを読み返しながら、改めてそう思いました。自分で言うのもなんだけど、ひとつひとつの記事が優馬くんへの思いで溢れているし、その中で綴ってきたジャニーさんへの思いも決して嘘ではないから。私のアイデンティティとしてこれからも読み返していこうと思います。
私は今はもう高い熱量で応援してるわけではないけど、一介のファンに過ぎないけど、なんだかここにもファンはいるんだよ、今でもジャニーズが大好きだよと声にしたくなっちゃった。きっとどこにも届かないけど、いや本当はたまたま読んでくれたどこかの誰かに届いて欲しいと思ってるから、一人でも多くのファンが今を彼らと一緒に乗り越えて、また楽しい時間を過ごしてくれたらいいなあ。もうね、そう思うくらい、ジャニーズと同じくらい、ジャニヲタという生き物が好きです、私は。考え方も、寄り添い方も、受け入れ方もそれぞれでいいし、どの選択にも間違いはないけど、推しを見るのが辛くなるのだけは悲しくなっちゃうから無理して全部見ずに、ね。好きなコンサートDVD、ドラマ、映画とか1番ビジュが良いやつ見て自衛してこうね。
誰に話しかけてんだって感じだけど笑
自分で残した思いを読んで、改めて優馬くんがジャニーズを選んで、いまだに残っていることすべてが奇跡的だなと思います。優馬くんが最初から俳優としてこの世界に居たら、私は見つけられただろうか、こんなに惹かれていただろうか、と思うと答えはNOだから、私が初めて出会った優馬くんが「ジャニーズアイドル」だったこと、一生感謝するし、ずっと覚えていると思います。後にも先にもあんなに熱心に一途に応援したアイドルは優馬くんだけ。
今もこれからもずっと、ジャニーズ事務所を選んだ優馬くんが大好きだし、誇りに思うから、今日のジャニーズ入所17周年もお祝いします。重岡くん、流星くん、康二くんと同期が3人もこの世界に残って、今でも交流の続くかけがえのない出会いをしたことは絶対に優馬くんの人生を豊かにしてると思うから。だから、優馬くんと出会わせてくれたジャニーズ事務所には感謝しかないです。「ジャニーズ」だから好きなんじゃなくて、優馬くんが「ジャニーズ」を好きにさせてくれた。改めて私の人生を楽しくしてくれてありがとうございました。新しい場所は、何よりも今残っているタレントたちの意思を最優先するものでありますように。そして優馬くんの17年間のジャニーズ人生が、これからの人生に有意義なものになりますように。
優馬くん、重岡くん、流星くん、康二くんジャニーズ入所17周年おめでとう。そして17年間本当に本当にありがとう!!!!!
アイドルとアイデンティティ、私が出会ったBTS
「アイドルになるために生まれてきた」
そんなフレーズで飾られているアイドル達をよく見る。その人たちがアイドルであるためにしている努力はきっと計り知れないし、根っからのアイドルなんて私はいないと思っている。
いや正確には、ひとりの人間として生まれて、そしてステージに立った日にもう一度アイドルとしての自分が生まれている、と言った方がいいかもしれない。2人は同じように見えて、少し違う。全く同じようには同居しない。
なぜなら、アイドルではアイデンティティが最優先されないから。こうあるべきだ、こう見えるというキャラクターが少なからずあって、パフォーマンスやグループのコンセプトに沿った展開があって、その中でアイドルとしての人格を確立していくから。個人の人間性はそれが確立してからだんだんとファンに浸透していく。だからこそ、少しずつズレが生まれてくる。アイドルとしての自分と本来の自分。きっとズレがないアイドルは幸せだ。そのアイドルこそが「アイドルになるために生まれてきた」のだろう。ただそんなアイドルがいたとしてもほんの一握りで、あとはきっと自分のアイデンティティと戦い続けている人ばかりだろう。そして更に現代のアイドルは1人では成立しない。グループとして戦い続ける限り、人数分の意見があるし、その分個人より組織を優先する場面が多い。時には自分の思いではないこともあるし、組織の一部として認識される時間の方が長い。この2つがより一層2人の自分の乖離を深めるし、活動する期間が長ければ長いほど2人を両立するのは難しいだろう。
私はここ数年を通してそれを痛感してきた。アイドルとしての自分と本来の自分、どちらかを選択する人、自分の未来とグループとしての未来、どちらかを優先する人、どの結果も悲しかったし、ただただ寂しかった。何より残された人たちを今までのように見る勇気が自分にはないのが申し訳なくなった。好きだった分、空いた一つの穴が、みんなが一緒にいない未来が考えられなくて離れてしまった。
そして少しでも寂しくならないように、何があっても良いように、準備をするようになった。もしかしたらこれが最後かもしれない、今見とかなきゃ後悔するかもしれない、そんなタラレバを頭に置くようになった。それで寂しさがなくなるわけじゃないけど、永遠はない、それを刻むことでその時が来ても立っていられるようにしたかったんだと思う。なぜか私が応援するグループは、そういう運命にあるような気がしていたから。
そんな私に憑いてたであろう疫病神も大人しくなって、しばらく穏やかな日々を過ごしたなと思っていたけれど。それはやっぱり訪れるもので。
私がコロナ禍に突如出会ったBTSにも、その日は訪れた。出会った時にはすでに世界に名を馳せるスーパースターで、今更感が凄かったのだろうが、私にして見ればこのタイミングで出会えたことが運命みたいな人たちだった。
BTSは本来ならONをリリースして1年規模のワールドツアーを行ったあと、個人活動に入る予定だったみたいだが、コロナ禍で予定が狂い、その結果Dynamite、Butterという空前絶後のBTSブームを巻き起こしていた。本人たちからしてみればきっと予定になかった、棚からぼたもちくらいの功績だったのかもしれないが、その背景には計り知れない苦悩があったのだろうなと会食を見ていて思った。
私はそんな彼らにとってイレギュラーだった時間に、彼らと再会を果たした。記憶に残っていたヤンチャな不良集団は、コロナ禍の私を本物のDynamiteのごとく明るく眩しく照らしてくれる存在になった。特に去年は仕事面に関して本当に本当に辛くて、もうダメかもしれない、明日が来るのが嫌だとほぼ毎日眠れなかった私にとって、彼らの存在と楽曲は唯一の癒しだった。もう何も出来ないと思っても、不思議と歌声を聴くとちゃんと涙が出たし、そのことに猛烈に安心してしまう自分がいた。私は優しく誰にも寄り添おうとする彼らの歌声に、悩みも重圧も跳ね除けていく力強い楽曲に、とにかく元気をもらった。そうやって彼らのお陰でなんとか最後までやり遂げることが出来たし、自分のこれからを考えた最善の選択ができたと思う。これから始まる新生活でもきっと彼らの音楽が私の活力になるだろう。
彼らにとっては悩み迷った時間だったかもしれないけど、そんな彼らにすら私は元気を貰っていた。そんなことを微塵も感じさせずに明るいエネルギーだけを与え続けた彼らのことを今改めて尊敬する。本当にすごい人たちだと思う。比べるものじゃないけど私の悩みなんかより遥か上で戦っていた人たちだ。そう思うと私もなんだって出来るような気になる。
そんな彼らが新しいフェーズに入ったこと。訪れたその日にたしかに寂しさはあった。一度会ってみたいと思ってたからその機会に巡り会えなかったこと、7人がただただ楽しく笑ってる姿があまり見れなくなってしまうこと…あげればキリがないけれど。でも私はその寂しさや喪失感よりも、彼らが正直に語ってくれた言葉に物凄い安心感を覚えていた。彼らが語った言葉もまた、いつか聞いた「アイドルとしての自分と本来の自分」「個人としてやりたい事」「一度自分の人生を考えたい」あの選択をしていった人たちと同じで。そして彼らにしか分からないプレッシャーや期待に応える重圧。グラミー賞や、国連スピーチ、ホワイトハウス招待、もはやアイドルとしての域を超えているような凄まじいイベントの中で、みんなが必死に「自分」を見失わないようにしていたことに胸がギュッとなった。だからそんな彼らが、一度止まりたい、それぞれのしたいことをしたいと決めたこと、そしてその意見を周りが尊重したこと、そこにまずは安心してしまった。
そりゃそうだ。どれだけ凄いと言われても、スーパースターだと華々しく紹介されても、その前にひとりの人間だし、その人間が7人集まったのがBTSなのだ。きっと「BTS」だけが一人歩きして、個人にまで目が届いていなかったこと彼らが1番感じているだろうな。それもあっての個人活動なのだろうな、と。ここからは1人ひとりにフォーカスしてもらう、そしてそこが集まってBTSになるフェーズなのだろうな、と。
彼らが彼ら自身の言葉で話してくれたから、全部ではないけど今出来る精一杯で伝えたのだと教えてくれたから私にはすごく腑に落ちた。そして何よりも7人で選んだこの答えが、永く一緒にいるための最善の策だと言ったことに凄いなと思った。この答えを7人で出せることが、全員の個人活動へのモチベーションが一致していることも、全員がBTSを居場所だと思っていることが、私は違う道を選んだ人たちを知っているし、その寂しさを知っているから、余計に奇跡に思えた。ああ、めちゃくちゃ信頼出来る人たちだな、と。アイドルを応援していてはじめての感情だったように思う。
私はアイドルという存在に元気をもらっている人だから、自分を抑える瞬間があっても、個人よりグループを優先する時間が長くてもアイドルでい続けてくれる人を尊敬する。いつでも自分というアイデンティティを守りながら、ファンの求めるパフォーマンスや活動をするアイドルは凄い。同時にアイドルとアイデンティティが両立出来ないことに歯痒くなる。アイドル寿命が昔より伸びている今、ファンはこのジレンマをアイドルと一緒に乗り越えないといけないと思っている。推しと永く一緒にいるための戦いは、ファンも一緒に背負うべきだ。
それをBTSは今、一緒にやってみようと語りかけているような気がした。好きなアイドルがアイデンティティを優先する時間を許して欲しいと泣きながら話すのは、なんか少し切なかったけど、でもいつかこれが当たり前になって、アイドルも私たちと同じとまではいかなくても、今よりも少しだけでもいいからアイデンティティを大事にしながら永く歩いていける職業になればいいなと思いました。BTSは私が出会った中で、間違いなく一番のスーパースターなのでやってのけそうな気さえします。まあ無理はしなくていいけど、出来なかったら出来なかったでいいから、7人で仲良く笑ってて欲しい。最悪それで十分です。
ああ、予防線を張って生きてきたのに。永遠はないとまず覚悟を決めて応援することにしてたのに、第一章の最後にあんなに真っ直ぐな楽曲を届けて、どうしてくれるんだ。また永遠を信じたくなるグループに出会ってしまったもんだ。嬉しいような、複雑なような。まあまた7人に会える日を楽しみに、これからも日々を過ごします。とにかく、この2年私を支えてくれて本当にありがとう。
これからの7人にも絶対絶対幸せな雨しか降りませんように!!!!!!!!!!!!!
端的に言うとね、君の全部が愛おしい
中山優馬くん、28歳のお誕生日おめでとうございます👼🏻💓💓❕
2008年に当時14歳のバッテリー・巧くんに出会って、14年。そう考えると優馬くんの人生の半分を見てきたことになる。ましてや自分なんて、人生の半分以上を優馬くんを応援しながら生きてきたことになる。今までの人生で何かをこんなに続けたことは、これ以外になかった。
私にとって優馬くんはもはや、アイドルでも俳優でも芸能人でもないような気がする。おこがましいけど、人生の半分を一緒に生きてきた同志のような、家族のような、そんな感覚。
もちろん向こうは私のこと顔も名前も知らないんだけど笑、会ったら普通に話せそうな、肩を組めそうなそんな安心感がある。(まあ実際はそんなこと絶対できないし、緊張して死ぬのであくまでもマインドの話をしています。)
もう14年も見てたら、推しという域を超えたような、新しい境地にいるような気がする。
だからなのかここ数年、熱量とか、ペースとかが随分と落ち着いて、すごく穏やかな感情で過ごせている。良い意味で波がなくて、単純に毎日優馬くんが楽しくて、幸せだったら良いなあと、「求めること」が少なくなった。
こんな感じで、こんな距離感で、これからも平行線で一緒に生きれたらなあと思います。いつだって、優馬くんには世界で一番幸せでいて欲しいし、やりたいこと思いっきりして欲しい。これはどんな距離感になっても、どれだけ優先順位が変わっても、たぶんずっと思い続けるだろうなと思います。
今年はデビュー10周年のアニバーサリーイヤーでもある優馬くん。中山優馬として会える時間を早速作ってくれて、またすぐ会おうね。と言ってくれるあったかくて優しい優馬くんが大好きです。たくさんたくさん幸せなことだけが降り注ぎますように。そして、優馬くんにまた会えますように!!!!!!!お誕生日おめでとう🎈🎂

舞台「蜜蜂と遠雷」感想
一昨年の4月、社会人になりたてすぐの胃腸炎で初金沢を諦め、去年の4月、冥界の扉が開かれず初博多座の機会を逃して、今年の4月はコロナウイルスの変異株が猛威を奮っていた。
まだ3年目だけど、私の社会人生活のほとんどはコロナウイルスとともにあった。毎日毎日気が滅入る日々の中で、優馬くんに会えることだけが楽しみで、だけど人との接触を避けなければならないウイルスはそれすらも遠ざけた。社会人になってからの春にいい思い出がないので、今年こそはと思って楽しみにしていた。
でも現実は果たして公演が出来るのかと思うほどの感染者数だったし、いつ緊急事態宣言が出てもおかしくない状態で、どうしようか直前まで迷った。リスクも大きいけど、これから先またいつ優馬くんに会えるのか、舞台を見れるのか、それを天秤にかけるとどうしても捨てきれないチケットだった。ただ舞台を見たいだけなのに、現場に行きたいだけなのに。何でこんな世界になっちゃったのかなあ、と電車で息を潜めながら思った。
そんな中で会う、風間塵くんは天使みたいな人だった。純粋で真っ直ぐで天真爛漫。こんな時に会う優馬くん(役を通してだけど)が明るくて元気な役で少し救われた気がした。コロナ禍に会えて良かったなあと思う役柄でした。
今回、優馬くんの関わる作品で初めて原作を読まずに、前情報を得ずに観た。ずっと興味を持っていた作品で読みたいと思っていたけど、膨大な文字数に割く時間が見当たらなかったのと、知らないまま見るという初めての体験をしてみたかったのと。今回はそれがすごく面白い時間だった。
風間塵くん、優馬くんにすごく合ってるなあと思いました。もちろん優馬くんが塵くんを理解する努力をたくさんしたからなんだけど、それだけじゃない人柄や環境、周りの期待など本人とすごくリンクする部分があるなあと。優馬くんも言っていたけど、ジャニーさんのことも思い出した。塵くんも優馬くんも恩師と出会って、新しい世界に連れて行ってもらって人生が変わった人だから、塵くんとホフマン先生を見ていると自然と優馬くんとジャニーさんが思い浮かんだ。
塵くん自身とも実はすごく似てると思う、個人的には。よく影のある役が多いとか、感情の起伏がないとか本人は言ってるけど、根は決して暗くはないと思うんだよね優馬くんって。逆にネアカだと思う。人見知りはするけど、一度繋がった人とは深い関係を築けるし、どんな環境にも適応出来るし。感情の起伏だって個人活動が多いからそうなるだけで、もしグループに所属してたら結構うるさい方だと思う笑。あの明るくて、人を巻き込む吸引力のある塵くんがどこか優馬くんに重なって見えて、私はすごく魅力的に見えました。ああいう役柄もすごく似合うと思うからいっぱいやって欲しいなあ。
それから音楽劇と言っても、ピアノだけではなくて、歌だったり、コンテンポラリーダンスだったりと色んな要素が含まれていて、優馬くんの多様な経験値が活かされる舞台で、これをすべて優馬くんが網羅できるのはやっぱりジャニーズ出身だからだよなとアイデンティティを感じた。歌って踊る優馬くんも大好きなので、楽しそうに踊る塵くんに優馬くんが透けて見えて、少し恋しくなりました。タキシード姿なんて後ろにPLAYZONEの文字と大階段見えたの私だけじゃないよね???大袈裟じゃなくちょっと泣きそうになったよ????(プレゾンの亡霊)
たった1公演だけだったけど、やっぱり非日常に連れて行ってくれて、違う世界を見せてくれる舞台は最高の娯楽だなと思います。これが不要不急になる、それを生業にしてたり生き甲斐にしてる人が悲しい世界なんて早く過ぎればいいのになあ。あとどれくらい待てば、あとどれくらい耐えればそんな日が来るのかな。優馬くんがリスクに怯えずに、マスクで表情が分からないと悩まずに思い切りお芝居ができる日が早く来ますように。まずなにより無事に蜜蜂と遠雷の幕が降りますように。
life is dynamite、私の2020年
今年も気づけばもう年の瀬。体感が5秒な気もするし、永遠に終わらない気もした。私の人生の中で、一番思い出のない1年になるのだなあと漠然と思っていた。時間が止まった上半期を越え、少しずつ日常を取り戻そうと世界が回り始めていた時、それは何気なく、本当に何気なく、目の前に現れた。
忘れもしない、9月12日。THE MUSIC DAY。惰性でつけていたテレビが、突然眩しく光った。
'Cause ah, ah, I'm in the stars tonight
今夜僕は星の中にいるからSo watch me bring the fire and set the night alight
僕の火花でこの夜を明るく照らすのを見守って
そこに映っていたのは楽しそうに歌うカラフルな7人。ポップでキャッチーな音楽が耳にすぐ馴染んでいく。真っ暗な世界を、キラキラと輝かせるような、見守ってと一緒に明るい場所に連れてってくれるような歌詞も良くて。ジョングクが歌い始めた瞬間からめっちゃ良い曲やんけ〜!!!!!!と直感で感じた私のアンテナはまだ全然なまってなかった。
その日から私はDynamiteの虜になる。本当に毎日聴いた。エンドレスリピートで聴いた。Dynamiteで始まりDynamiteで終わる毎日で、ほぼ中毒だった。でも聴くだけで元気が出たし、仕事も頑張れた。どこにも行けず、誰にも会わず、ただひたすら職場と家を往復する日々の唯一の癒しだった。
そこから中の人たちに興味を持つのに時間はかからなかった。元々高校生の頃にBIGBANGをヌルッと追っかけていたこともあって、デビュー当時から彼らのことは認識していた。その頃はまだBTSという呼称はなく、バンタンと呼んでいた。BOY IN LUVをめちゃくちゃ聴いていたのを覚えている。あの頃の目の周りを暗く縁取り、刺々しいイメージだった彼らの面影はなく、楽しそうにじゃれあいながら歌う姿が微笑ましく映った。あの日以来、彼らの楽曲を聴くことが増え、ひとつひとつのパフォーマンスのクオリティに度肝を抜かれた。練習動画や歴代のMAMAやMMAを見ながらこの人たち毎日がプレゾンじゃん…とプレゾンの亡霊は親指を立てながら沼に沈んでいった。 もうそこは毎日がスペシャル。
そして自然と彼ら自身にも興味が至り、そこで思い知る。韓国アイドル、供給が尋常じゃないぞ。Youtube、vlive、Weverse…とにかくコンテンツが多い。毎日見ても追いつかない供給量。しかも色々と更新されていくから毎日めっちゃ忙しいよ(?)MVや練習動画だけでなく、バラエティ番組、ライブ映像、ドキュメンタリー映画、あらゆる方向から落としにかかってくるので、手を出したら最後。気付いたら何かしらのアプリを開いて動画を見る生活を送っていた。そうやって知っていくこの人たち、足音一つ乱れないカル群舞で魅せているとは思えないくらい個性の塊。普段足並みを揃え過ぎてる分、バランスを取るかのごとくみんな自由で突拍子がない。2人以上になればもれなくうるさい。いやもはや1人でもうるさく感じる。長男を筆頭にそれぞれ存在が騒がしい。ほぼバンタン幼稚園。黄色い帽子とスモックが見える。
そんな彼らのおかげで、家と職場の往復に、毎日1話ずつのタリョラバンタン(BTSのバラエティ番組)視聴が加わり、味気ない毎日に少しだけ笑う時間が増えた。Dynamiteがきっかけで他のパフォーマンスや楽曲にもハマり見ていただけのはずが、いつの間にかいつもギュッとくっついてワイワイ騒ぐ楽しい7人に元気を貰っていた。
끝이 보이지 않아 출구가 있긴 할까
終わりが見えない 出口はあるのだろうか발이 떼지질 않아 않아
足を踏み出せない잠시 두 눈을 감아 여기 내 손을 잡아
目を閉じてみて さあ僕の手をとって
저 미래로 달아나자
あの未来へ抜け出そう
life goes on
人生は続くLike this again
またこうやって
でもLife goes onを聴いて、ただ明るいだけの人たちじゃないことを知った。同じくらい優しい人たち。温度がある人たち。部屋を暗くして沈む日があっても、この人たちは絶対寄り添ってくれる。そんな信頼感を、BEのアルバムを聴いて感じた。どんなに凄くても、世界を席巻していても、彼らを近くに感じるのは、彼らがひとりの人間でい続けようと努力しているからだと思う。僕たちも一緒だよ、と伝える気持ちがアルバムにたくさん詰まっていた。
Dynamiteがひたすらに明るく激しい閃光だとしたら、Life goes onは部屋を柔らかく照らす間接照明だ。仕事に向かう時はDynamiteを聴いて元気をもらい、帰り道はLife goes onを聴いて1日頑張った自分を労わる、2つの光はそうやって私を支えてくれた。楽にしてくれた。今年はそんな音楽の力を人生で一番感じた1年だった。
同じくらいたくさん我慢した1年でもあったけど、だからこそDynamiteにもLife goes onにも出会えたし、出会えなければたぶん一生BTSを知らないまま過ごしたと思う。こんなプレゼントもあるんだから、2020年も捨てたもんじゃない。また好きなものが増えたから、楽しい時間が増えた。BTSのおかげで人生で一番思い出のない年が、彼らに出会えた意味のある特別な1年になった。それはとっても幸せなことだ。
優馬くんへの思いを綴るために細々と始めたこのブログに、まさか他のアイドルのことを書く日が来るなんて不思議。
年々、好きなものが増えていく。はじめは優馬くんへの好きを分散させているような気もしていたが、それぞれを育ててみると凄く楽しい。そうやってまた優馬くんに向き合ったとき、すごく原点に戻ってきた気持ちになる。安心する。今まで優馬くんにたくさんのことを求めたり、色々と考えたりしていたけど、一番大切なのは「好きでいること」だとここ数年で猛烈に感じた。そのために少し肩の力を抜くと、ずいぶん楽になった。
今のこの距離感がすごく心地よくて好きだ。今の自分が一番優馬くんのことを好きだと言える。どこに行っても、誰かを好きになっても、原点に戻ってくる自信があるし、優馬くんがどこかにいる。特別ってこういうことなんだろうな。ほら、最後は何故か優馬くんの話をしているしね(笑)
そうやって来年もその次も、1日でも長く好きでいれたらいいなと思います。そして来年こそ好きな人たちが好きなことを思いっきり出来て、できればその楽しい時間を一緒に共有できますように。
こんな一年でも楽しませてくれた、推したちに感謝と、そして来年もよろしくの意味も込めて。
ありがとうだいすき!
良いお年を〜〜〜!!!!!
舞台「ゲルニカ」感想
私は今、ものすごく貴重な体験をしているのではないか。
心の底からそう思えるような演劇に、また優馬くんが出会わせてくれました。
久々に演劇に触れたという高ぶりもあるのでしょうが、それを差し引いても忘れられない体験でした。まるで当時のバスクにタイムスリップして、ゲルニカの町でサラたちと混沌の世界を一緒に生きたような、不思議な感覚。なんの馴染みもない、遠い国の遠い昔の出来事のはずなのにえらく現実味を帯びた物語が今もこびりついて離れません。
感情をうまく言語化できるのか分からない、それくらい寄り添ってしまう物語でした。
ゲルニカに住む人々はみな、平等と平和を求め何事も話し合いで決めてきた―—―。
劇中で何度も繰り返される「平等と平和」というフレーズ。そうやってバスク人とはどんな人たちで、ゲルニカという町は何を大切にしているのか、人々の暮らしを通して描いたうえで、それらすべてを奪っていく「戦争」という描写。
そしてバスク人である事を、聖なる樫の木と共に生きていることを、誇りに思い伝統を守ろうとするその原動力すら「戦争」に向かわせてしまう、希望の搾取。
こうして物語が進むたびにジワジワと首を絞められ、日常に落ちる影が濃くなっていく展開が丁寧なので、より最後の無差別爆撃のシーンが乱暴で破壊的に思えた。思想や尊厳の搾取だけでなく、命そのものをあっけなく奪うラストに無力感と抵抗感を植え付けられた気がした。
そしてもう一つ、この物語で「戦争」と隣り合わせの理不尽が「血筋」だ。イグナシオが呪い、サラが誇った自らの出自。このアイデンティティーすら戦争の小さな火種になり、無差別爆撃の引き金になる。戦争は自然現象でも天災でもない、バスク人、スペイン人、イタリア人、様々な思想や宗教、文化が違う人間が引き起こしている人災なのだと二人の結末を見て、突きつけられたような気がした。
サラはあてがきなのではと思うほど、上白石萌歌ちゃんのためにあるような役で、イメージに乖離がないのですんなり感情移入できた。等身大で飾らなくて、純粋で真っ直ぐなサラ。世の中を何も知らない無垢なサラが、戦争を通してひとつひとつ大人になっていく。皮肉にも戦争という異常事態が、サラの本来の人間性を輝かせて、強く磨かせる。こんな時代に自分を持って、誰かを思い、ゲルニカの木に誓って生き続けるサラは最後まで強く美しい女性だった。最初はルイーサに甘えるこどもに見えたのに、力強く赤ちゃんを抱いて歩くサラはいつのまにか母親で、数時間の上演時間のなかで何年をも生きた萌歌ちゃんの深さを感じました。
脚本家の長田さんが萌歌ちゃんのことを「ご自分にとっての大事なものを自身でもうすでに選び終わっている感じがした」と話されていて、腑に落ちる表現だなとすごく印象に残っています。まさにサラも生まれつき選び終わってる人のような気がする。そういう共通点がサラと萌歌ちゃんをより深く結びつけたのかな。
そんなサラと出会う、すべてを諦めたような暗い表情のイグナシオ。相変わらず何かを背負い、抗いながらもがく役柄は優馬くんにとても似合うなあと思いました。さらに年齢を重ねたことで以前よりももっと優馬くん自身の色気や経験も役柄に滲むようになっていて、これから年を重ねるたびにもっと深みのある優馬くんが見れると思うと楽しみだなあと。いくつになってもこういう役をして、極めていくのも面白いと思う。
でもイグナシオという若者は今の優馬くんにしか出来ない役どころで、少年と青年の間で揺らぐ不安定な部分が魅力的でした。大人になりきれないまま戦争に参加し、自分を確立する前に運命を決められる。それでも母やサラ、なんとか大切なものだけは守ろうという覚悟もあって。自分の深いところにある芯だけは、決して捨てないところがサラと似ているなと思いました。最後にサラに何度も何度も伝えた「逃げろ」が、月が綺麗ですねよりも尊いアイラブユーだった。サラもイグナシオも次は平和で、豊かな世界に生まれて欲しいな。
今、こんなご時世に見るからこそ、より感じとるものがあった舞台だなと思います。ゲルニカも今の世界も何かを制限される苦しみは一緒で、どこにもぶつけられない、ままならない感情の中で生きるゲルニカの人たちに共感し、パワーを貰った気がしました。
個人的には、偽義経東京公演以来の観劇で。その半年の間、世界は好転することもなくジワジワとまたウイルスに蝕まれ…正直初日を迎えられるのか、私は観劇できるのか不安と隣り合わせでした。出演者やスタッフの方が大変なのはもちろんですが、どうか無事に…と願いながら公演を重ねる日々は、やっぱりいつものエンターテイメントが戻ってきたとは思えなくて、安心できる世界が早く来て欲しいなと思いました。
そしたら、サラやイグナシオ、ゲルニカの人々に想いを馳せながら、聖なる樫の木を見に行きたい。そんな日が来ることを楽しみに待ってようと思います。