君の名は希望

優馬くんの名前は希望と今 知った

舞台「蜜蜂と遠雷」感想

一昨年の4月、社会人になりたてすぐの胃腸炎で初金沢を諦め、去年の4月、冥界の扉が開かれず初博多座の機会を逃して、今年の4月はコロナウイルスの変異株が猛威を奮っていた。

まだ3年目だけど、私の社会人生活のほとんどはコロナウイルスとともにあった。毎日毎日気が滅入る日々の中で、優馬くんに会えることだけが楽しみで、だけど人との接触を避けなければならないウイルスはそれすらも遠ざけた。社会人になってからの春にいい思い出がないので、今年こそはと思って楽しみにしていた。

でも現実は果たして公演が出来るのかと思うほどの感染者数だったし、いつ緊急事態宣言が出てもおかしくない状態で、どうしようか直前まで迷った。リスクも大きいけど、これから先またいつ優馬くんに会えるのか、舞台を見れるのか、それを天秤にかけるとどうしても捨てきれないチケットだった。ただ舞台を見たいだけなのに、現場に行きたいだけなのに。何でこんな世界になっちゃったのかなあ、と電車で息を潜めながら思った。

そんな中で会う、風間塵くんは天使みたいな人だった。純粋で真っ直ぐで天真爛漫。こんな時に会う優馬くん(役を通してだけど)が明るくて元気な役で少し救われた気がした。コロナ禍に会えて良かったなあと思う役柄でした。

今回、優馬くんの関わる作品で初めて原作を読まずに、前情報を得ずに観た。ずっと興味を持っていた作品で読みたいと思っていたけど、膨大な文字数に割く時間が見当たらなかったのと、知らないまま見るという初めての体験をしてみたかったのと。今回はそれがすごく面白い時間だった。

風間塵くん、優馬くんにすごく合ってるなあと思いました。もちろん優馬くんが塵くんを理解する努力をたくさんしたからなんだけど、それだけじゃない人柄や環境、周りの期待など本人とすごくリンクする部分があるなあと。優馬くんも言っていたけど、ジャニーさんのことも思い出した。塵くんも優馬くんも恩師と出会って、新しい世界に連れて行ってもらって人生が変わった人だから、塵くんとホフマン先生を見ていると自然と優馬くんとジャニーさんが思い浮かんだ。

塵くん自身とも実はすごく似てると思う、個人的には。よく影のある役が多いとか、感情の起伏がないとか本人は言ってるけど、根は決して暗くはないと思うんだよね優馬くんって。逆にネアカだと思う。人見知りはするけど、一度繋がった人とは深い関係を築けるし、どんな環境にも適応出来るし。感情の起伏だって個人活動が多いからそうなるだけで、もしグループに所属してたら結構うるさい方だと思う笑。あの明るくて、人を巻き込む吸引力のある塵くんがどこか優馬くんに重なって見えて、私はすごく魅力的に見えました。ああいう役柄もすごく似合うと思うからいっぱいやって欲しいなあ。

それから音楽劇と言っても、ピアノだけではなくて、歌だったり、コンテンポラリーダンスだったりと色んな要素が含まれていて、優馬くんの多様な経験値が活かされる舞台で、これをすべて優馬くんが網羅できるのはやっぱりジャニーズ出身だからだよなとアイデンティティを感じた。歌って踊る優馬くんも大好きなので、楽しそうに踊る塵くんに優馬くんが透けて見えて、少し恋しくなりました。タキシード姿なんて後ろにPLAYZONEの文字と大階段見えたの私だけじゃないよね???大袈裟じゃなくちょっと泣きそうになったよ????(プレゾンの亡霊)

たった1公演だけだったけど、やっぱり非日常に連れて行ってくれて、違う世界を見せてくれる舞台は最高の娯楽だなと思います。これが不要不急になる、それを生業にしてたり生き甲斐にしてる人が悲しい世界なんて早く過ぎればいいのになあ。あとどれくらい待てば、あとどれくらい耐えればそんな日が来るのかな。優馬くんがリスクに怯えずに、マスクで表情が分からないと悩まずに思い切りお芝居ができる日が早く来ますように。まずなにより無事に蜜蜂と遠雷の幕が降りますように。

life is dynamite、私の2020年

今年も気づけばもう年の瀬。体感が5秒な気もするし、永遠に終わらない気もした。私の人生の中で、一番思い出のない1年になるのだなあと漠然と思っていた。時間が止まった上半期を越え、少しずつ日常を取り戻そうと世界が回り始めていた時、それは何気なく、本当に何気なく、目の前に現れた。

 

忘れもしない、9月12日。THE MUSIC DAY。惰性でつけていたテレビが、突然眩しく光った。

'Cause ah, ah, I'm in the stars tonight
今夜僕は星の中にいるから

So watch me bring the fire and set the night alight
僕の火花でこの夜を明るく照らすのを見守って

そこに映っていたのは楽しそうに歌うカラフルな7人。ポップでキャッチーな音楽が耳にすぐ馴染んでいく。真っ暗な世界を、キラキラと輝かせるような、見守ってと一緒に明るい場所に連れてってくれるような歌詞も良くて。ジョングクが歌い始めた瞬間からめっちゃ良い曲やんけ〜!!!!!!と直感で感じた私のアンテナはまだ全然なまってなかった。

その日から私はDynamiteの虜になる。本当に毎日聴いた。エンドレスリピートで聴いた。Dynamiteで始まりDynamiteで終わる毎日で、ほぼ中毒だった。でも聴くだけで元気が出たし、仕事も頑張れた。どこにも行けず、誰にも会わず、ただひたすら職場と家を往復する日々の唯一の癒しだった。

 

そこから中の人たちに興味を持つのに時間はかからなかった。元々高校生の頃にBIGBANGをヌルッと追っかけていたこともあって、デビュー当時から彼らのことは認識していた。その頃はまだBTSという呼称はなく、バンタンと呼んでいた。BOY IN LUVをめちゃくちゃ聴いていたのを覚えている。あの頃の目の周りを暗く縁取り、刺々しいイメージだった彼らの面影はなく、楽しそうにじゃれあいながら歌う姿が微笑ましく映った。あの日以来、彼らの楽曲を聴くことが増え、ひとつひとつのパフォーマンスのクオリティに度肝を抜かれた。練習動画や歴代のMAMAやMMAを見ながらこの人たち毎日がプレゾンじゃん…とプレゾンの亡霊は親指を立てながら沼に沈んでいった。 もうそこは毎日がスペシャル。

 

そして自然と彼ら自身にも興味が至り、そこで思い知る。韓国アイドル、供給が尋常じゃないぞ。Youtube、vlive、Weverse…とにかくコンテンツが多い。毎日見ても追いつかない供給量。しかも色々と更新されていくから毎日めっちゃ忙しいよ(?)MVや練習動画だけでなく、バラエティ番組、ライブ映像、ドキュメンタリー映画、あらゆる方向から落としにかかってくるので、手を出したら最後。気付いたら何かしらのアプリを開いて動画を見る生活を送っていた。そうやって知っていくこの人たち、足音一つ乱れないカル群舞で魅せているとは思えないくらい個性の塊。普段足並みを揃え過ぎてる分、バランスを取るかのごとくみんな自由で突拍子がない。2人以上になればもれなくうるさい。いやもはや1人でもうるさく感じる。長男を筆頭にそれぞれ存在が騒がしい。ほぼバンタン幼稚園。黄色い帽子とスモックが見える。

 

そんな彼らのおかげで、家と職場の往復に、毎日1話ずつのタリョラバンタン(BTSのバラエティ番組)視聴が加わり、味気ない毎日に少しだけ笑う時間が増えた。Dynamiteがきっかけで他のパフォーマンスや楽曲にもハマり見ていただけのはずが、いつの間にかいつもギュッとくっついてワイワイ騒ぐ楽しい7人に元気を貰っていた。

끝이 보이지 않아 출구가 있긴 할까
終わりが見えない 出口はあるのだろうか

발이 떼지질 않아 않아 
足を踏み出せない 

잠시 두 눈을 감아  여기 내 손을 잡아

目を閉じてみて さあ僕の手をとって

저 미래로 달아나자 

あの未来へ抜け出そう

life goes on
人生は続く

Like this again
またこうやって

でもLife goes onを聴いて、ただ明るいだけの人たちじゃないことを知った。同じくらい優しい人たち。温度がある人たち。部屋を暗くして沈む日があっても、この人たちは絶対寄り添ってくれる。そんな信頼感を、BEのアルバムを聴いて感じた。どんなに凄くても、世界を席巻していても、彼らを近くに感じるのは、彼らがひとりの人間でい続けようと努力しているからだと思う。僕たちも一緒だよ、と伝える気持ちがアルバムにたくさん詰まっていた。

Dynamiteがひたすらに明るく激しい閃光だとしたら、Life goes onは部屋を柔らかく照らす間接照明だ。仕事に向かう時はDynamiteを聴いて元気をもらい、帰り道はLife goes onを聴いて1日頑張った自分を労わる、2つの光はそうやって私を支えてくれた。楽にしてくれた。今年はそんな音楽の力を人生で一番感じた1年だった。

 

同じくらいたくさん我慢した1年でもあったけど、だからこそDynamiteにもLife goes onにも出会えたし、出会えなければたぶん一生BTSを知らないまま過ごしたと思う。こんなプレゼントもあるんだから、2020年も捨てたもんじゃない。また好きなものが増えたから、楽しい時間が増えた。BTSのおかげで人生で一番思い出のない年が、彼らに出会えた意味のある特別な1年になった。それはとっても幸せなことだ。

 

優馬くんへの思いを綴るために細々と始めたこのブログに、まさか他のアイドルのことを書く日が来るなんて不思議。

年々、好きなものが増えていく。はじめは優馬くんへの好きを分散させているような気もしていたが、それぞれを育ててみると凄く楽しい。そうやってまた優馬くんに向き合ったとき、すごく原点に戻ってきた気持ちになる。安心する。今まで優馬くんにたくさんのことを求めたり、色々と考えたりしていたけど、一番大切なのは「好きでいること」だとここ数年で猛烈に感じた。そのために少し肩の力を抜くと、ずいぶん楽になった。

今のこの距離感がすごく心地よくて好きだ。今の自分が一番優馬くんのことを好きだと言える。どこに行っても、誰かを好きになっても、原点に戻ってくる自信があるし、優馬くんがどこかにいる。特別ってこういうことなんだろうな。ほら、最後は何故か優馬くんの話をしているしね(笑)

 

そうやって来年もその次も、1日でも長く好きでいれたらいいなと思います。そして来年こそ好きな人たちが好きなことを思いっきり出来て、できればその楽しい時間を一緒に共有できますように。

 

こんな一年でも楽しませてくれた、推したちに感謝と、そして来年もよろしくの意味も込めて。

 

ありがとうだいすき!

良いお年を〜〜〜!!!!!

舞台「ゲルニカ」感想

私は今、ものすごく貴重な体験をしているのではないか。

心の底からそう思えるような演劇に、また優馬くんが出会わせてくれました。

久々に演劇に触れたという高ぶりもあるのでしょうが、それを差し引いても忘れられない体験でした。まるで当時のバスクにタイムスリップして、ゲルニカの町でサラたちと混沌の世界を一緒に生きたような、不思議な感覚。なんの馴染みもない、遠い国の遠い昔の出来事のはずなのにえらく現実味を帯びた物語が今もこびりついて離れません。

感情をうまく言語化できるのか分からない、それくらい寄り添ってしまう物語でした。

 

ゲルニカに住む人々はみな、平等と平和を求め何事も話し合いで決めてきた―—―。

劇中で何度も繰り返される「平等と平和」というフレーズ。そうやってバスク人とはどんな人たちで、ゲルニカという町は何を大切にしているのか、人々の暮らしを通して描いたうえで、それらすべてを奪っていく「戦争」という描写。

そしてバスク人である事を、聖なる樫の木と共に生きていることを、誇りに思い伝統を守ろうとするその原動力すら「戦争」に向かわせてしまう、希望の搾取。

こうして物語が進むたびにジワジワと首を絞められ、日常に落ちる影が濃くなっていく展開が丁寧なので、より最後の無差別爆撃のシーンが乱暴で破壊的に思えた。思想や尊厳の搾取だけでなく、命そのものをあっけなく奪うラストに無力感と抵抗感を植え付けられた気がした。

 

そしてもう一つ、この物語で「戦争」と隣り合わせの理不尽が「血筋」だ。イグナシオが呪い、サラが誇った自らの出自。このアイデンティティーすら戦争の小さな火種になり、無差別爆撃の引き金になる。戦争は自然現象でも天災でもない、バスク人、スペイン人、イタリア人、様々な思想や宗教、文化が違う人間が引き起こしている人災なのだと二人の結末を見て、突きつけられたような気がした。

サラはあてがきなのではと思うほど、上白石萌歌ちゃんのためにあるような役で、イメージに乖離がないのですんなり感情移入できた。等身大で飾らなくて、純粋で真っ直ぐなサラ。世の中を何も知らない無垢なサラが、戦争を通してひとつひとつ大人になっていく。皮肉にも戦争という異常事態が、サラの本来の人間性を輝かせて、強く磨かせる。こんな時代に自分を持って、誰かを思い、ゲルニカの木に誓って生き続けるサラは最後まで強く美しい女性だった。最初はルイーサに甘えるこどもに見えたのに、力強く赤ちゃんを抱いて歩くサラはいつのまにか母親で、数時間の上演時間のなかで何年をも生きた萌歌ちゃんの深さを感じました。

脚本家の長田さんが萌歌ちゃんのことを「ご自分にとっての大事なものを自身でもうすでに選び終わっている感じがした」と話されていて、腑に落ちる表現だなとすごく印象に残っています。まさにサラも生まれつき選び終わってる人のような気がする。そういう共通点がサラと萌歌ちゃんをより深く結びつけたのかな。

 

そんなサラと出会う、すべてを諦めたような暗い表情のイグナシオ。相変わらず何かを背負い、抗いながらもがく役柄は優馬くんにとても似合うなあと思いました。さらに年齢を重ねたことで以前よりももっと優馬くん自身の色気や経験も役柄に滲むようになっていて、これから年を重ねるたびにもっと深みのある優馬くんが見れると思うと楽しみだなあと。いくつになってもこういう役をして、極めていくのも面白いと思う。

でもイグナシオという若者は今の優馬くんにしか出来ない役どころで、少年と青年の間で揺らぐ不安定な部分が魅力的でした。大人になりきれないまま戦争に参加し、自分を確立する前に運命を決められる。それでも母やサラ、なんとか大切なものだけは守ろうという覚悟もあって。自分の深いところにある芯だけは、決して捨てないところがサラと似ているなと思いました。最後にサラに何度も何度も伝えた「逃げろ」が、月が綺麗ですねよりも尊いアイラブユーだった。サラもイグナシオも次は平和で、豊かな世界に生まれて欲しいな。

 

今、こんなご時世に見るからこそ、より感じとるものがあった舞台だなと思います。ゲルニカも今の世界も何かを制限される苦しみは一緒で、どこにもぶつけられない、ままならない感情の中で生きるゲルニカの人たちに共感し、パワーを貰った気がしました。

 

個人的には、偽義経東京公演以来の観劇で。その半年の間、世界は好転することもなくジワジワとまたウイルスに蝕まれ…正直初日を迎えられるのか、私は観劇できるのか不安と隣り合わせでした。出演者やスタッフの方が大変なのはもちろんですが、どうか無事に…と願いながら公演を重ねる日々は、やっぱりいつものエンターテイメントが戻ってきたとは思えなくて、安心できる世界が早く来て欲しいなと思いました。

そしたら、サラやイグナシオ、ゲルニカの人々に想いを馳せながら、聖なる樫の木を見に行きたい。そんな日が来ることを楽しみに待ってようと思います。

偽義経冥界歌、閉幕。

本当なら、私は今週末福岡にいるはずだった。博多座の前に壮大に構えられた冥界の扉をくぐるはずだった。はじめての博多座にワクワクしてるはずだった。なのに、私は週末をパジャマのままココアを飲んで過ごしている。

悔しい。会いたかった。でもしょうがない。行き場のない気持ちが未だにグルグルと行ったり来たりしています。関係者の皆様はもっとだろうな…。大変な状況の中、公演に向けて万全に準備をしてくださったのに中止の判断。でも危険を避けて命を守ってくれたおかげで、健康で、昼まで寝てココアをすすりながら好きなアニメとドラマをひたすら見れています。(それを健康的と言うのかは分かりませんが…)なので本来なら冥界にいるはずの時間に、感想を書こうかな。


まず私は平成版偽義経を2回、令和版偽義経を1回の計3回観劇しました。4回目は果たせず、福岡は未踏の地となり、博多座に彷徨う生霊になりそうです…。あ、あと再開した日のライブビューイングを映画館に一日籠って観たので、それを含むと計5回ですね。
そして初劇団☆新感線。斗真くんがヴァンパイアの時も、グルグル回り始めた時も気にはなっていた。行こうと思えば行けた、髑髏に至ってはチケットも譲ってもらえた(事情により断念)そんなすぐ近くまで来ていた(?)新感線に、私は幸運なことに優馬くんと一緒に初乗車することに相成りました。ずっと気になっていた劇団に、応援し続けた担当が出演する。しかも一年もかけた大きな公演に。あの発車ベルが鳴った瞬間の嬉しさは絶対忘れないと思います。


初めて見る劇団☆新感線は、新しい感覚と今までにない体験の連続でした。開幕してすぐに書いたブログでも言いましたが、とにかく場面展開のスピード感が凄かった。いろんな技術を駆使して、駆け抜けるような物語にドッと疲れました(褒めてる)セットの転換だけでなく、映像も使って、状況や場所が変わったことを観客にすぐに把握させる、まるでテレビを見てるようなシーンの切り替わりに圧倒された。グルグル回ったり、色々なキャストと作り上げたりして今まで築いた地盤の強さを見せつけられて、そこに優馬くんが立っていることが嬉しくてしょうがなかったです。


でも思うんですよ、初めての新感線が偽義経冥界歌って、私はとんでもないもので処女を捨ててしまったのではないかと…。だってあんなに分かりやすく陽の性質を持った人を主人公にしておいて、勧善懲悪の物語に収めずに孤独を与えるなんて…。人間のエモーショナルな部分をこれでもかと詰め込んだ業の深い脚本すぎるよ…。人間の強欲さや、良し悪し、矛盾をすべて舞台にばらまいて、最後はそれを拾い集め魅力として輝かせ、生き様に変えて抱きしめてくれる…凄すぎる天才の所業だ…。


最終的にどうしようもない人たちもみんなみんな愛しくて、カッコいいヒーローたちの弱さも一緒に抱きしめたくなる宗教みたいな物語だった…。最初にして自分の好みの舞台と出会ってしまって、こじらせそうで怖い…。(たぶんもう手遅れ)

中島かずき先生については全くの無知なのですが、初めて見たあと、
毎回こんなの書いてるの???今までのものをかき集めた集大成じゃなくて???劇団☆新感線ってカッコいいヒーローが派手に暴れまわって悪をくじくっていうイメージだったから、こんな一筋縄ではいかない物語想像していなかったけど、もしかして新感線ってこっちがスタンダードなの???根幹はこれなの??だとしたら性癖ゴリゴリに刺激されるやつじゃん…(※ここまで息継ぎなし)
と席から立てずにボーっとしました。なんていうか、脚本からとんでもない力強さと深みを感じて、なんかもうずっと殴られてるみたいだった。

そしてこれまたものすごい相性なんですね、いのうえ歌舞伎が。
繊細な人間描写と、深い死生観が流れる脚本に、豪快で分かりやすい演出。でも決してお互いを邪魔しない、相性ってこういうことなんですね、とすぐに察した我。お互いの良さや主張を壊さない絶妙なバランスで紡がれていく舞台に、ものすごい緻密さを感じてこれは積み重ねないと出ない色味なのだなあと何も知らない私でも感じ取りました。いやあ、すごい。いのうえさんと中島さんのタッグすごい。私のミジンコ語彙力じゃ追い付かない…。さっきも書いたけど、この作品に出演した優馬くん本当持ってる。だってめちゃくちゃ合ってるもん。顔に物語性がありすぎるから、単純じゃない方が合ってるもん。キャスティングすら素晴らしいってすごいね…。

ちょうどキャスティングに触れたので、そのままキャストの感想を。
これこそ書き終わらないんですが登場人物あんなに多いのに深みありすぎでは?????テレビと違って、フォーカスを好きなところに当てられる舞台で、一人ずつに感情移入できるのって凄すぎる…。緻密な脚本と演出の賜物なのは前提ですが、演じる皆様の役への理解度がものすごく高いので、見ていてすごく気持ち良かった。脚本、演出、演者が三位一体となって突き詰めると、こんなにも純度の高い作品になるんだな、と見ていて物凄く感じました。

そもそも一人一人のキャラデザが良すぎる。衣装もそうだし、長髪ビジュアルも美しさに拍車をかけていて掛け算が素晴らしい。視覚からそもそも楽しいって素晴らしい。奥華の一族なんて彫深遺伝子すごくないですか。秀衡、玄九郎、次郎の親子めちゃくちゃ説得力ある…そして品のある黄泉津の方から生まれた次郎もめちゃくちゃ分かる(黄泉津の方から玄九郎は生まれなさそう)顔面黄金の一族が、黄金変生してるんだからそりゃ黄金も大往生だよな…(?)


私は腐っても優馬担なのでやっぱり次郎ちゃんが一番輝いて見えたんですけど、色眼鏡なしにしても絶対顔ちっちぇよな?!烏帽子の小顔効果が仕事しすぎだよと思うくらいいつもより豆だった。特に私は父上の葬儀を執り行う、次郎ちゃんのキャラデザが完璧すぎて大好きでした。衣装もそうだけど、メイクもこのシーンだけ違くて、すべての責任を背負って奥華を継ぐ覚悟を決めた顔をしてることも相まって見るたびいつも「顔がイイ…」と呟いていました。優馬くんほんとに時代物の衣装すごく似合うので、これからも積極的にして欲しいです。


やばい、キャラデザだけでこんなに書いてしまった。もっと中身のあること書きたいのに一生終わらないコレ…。
まあこんな感じで一人一人が魅力的なんですが、私はそれぞれの関係性がものすごく好きなんですよね。

例えば、九郎と次郎。さっき玄九郎について陽の性質だと言いましたが、それと対照的に描かれているのが次郎で。玄九郎が太陽だとしたら、次郎は月で。おばかな玄九郎と、真面目な次郎。豪快な玄九郎と臆病な次郎。静と動。そしてラストは生と死。すべてが対照的なこの二人が兄弟という間柄なのがものすごくエモいんですよね…真逆だけどお互いを尊敬して認めて、お互いにない部分を補ってることにすごく絆を感じる。だから生と死が二人を分けてしまったけど、不思議と寂しさを感じなかった。消えていく玄九郎を見送って力強く頷く次郎に、玄九郎が重なって見えて。身体が消えた分、魂が次郎に移ったような不思議な感覚でした。特に令和版、ものすごく兄弟の一体化を感じてグッときた。きっと中の人たちも距離を縮めたからだと思うのですが、令和版のその濃度は凄かったなあ…。


そしてこの九郎と次郎の兄弟と、対照的なのが秀衡と十三の兄弟なんですよね。次郎と十三、同じ弟なのに圧倒的に兄に感じている劣等感が違う。「自分とは違う」と感じていることは一緒なのに、次郎はそこに尊敬が混じって、十三はそこに嫉妬が混じっている。この兄弟の対照も人間の業を描いていて、それを思うと十三の最期にも胸がギュッとなった。

他にも秀衡と九郎。牛若と九郎。黄泉津と次郎。静歌と九郎。静歌と次郎。海尊と九郎。好きな関係性がありすぎて、語れない…。それぞれがそれぞれを映し出す鏡で、誰かと生きていくことで、自分という存在を感じているこの人たちが愛しくてしょうがないです。九郎は自分は空っぽだ、偽物で本物だと言っていたけれど、案外みんなそんなもんで、誰かという鏡に映って初めて自分を認識する、生きるとは誰かの心に映ることなんだなと九郎を見ていて思いました。そう考えると、義経でもあり、玄九郎でもあり、九郎でもあり、兄上でもある奥華九郎国衡という男はたくさんの人に寄り添って、誰かと生きた人なんだな。誰かを映すことで孤独から抜け出して光を見つけた、最期の九郎が私は大好きでした。

最後に優馬くんについて。あんだけ演劇お化けがたくさんいる中で、主人公の弟という大事なポジション。初新感線にして、すごいプレッシャーだろうなと思っていましたが、幕が開くとめちゃくちゃ走ってた。しっかり新人の扱いらしく、舞台を動き回っていて久しぶりに優馬くんからフレッシュさを感じました。
役については、優馬くんを長く見ている人ほどすぐに察したと思う。あ、また何か背負うなこれは…という早い段階からの気づき。主演もいっぱいしたことある人なのに、いつまでたっても圧倒的な主人公の横でグルグル考えてる役が似合うよね、めちゃくちゃ主人公顔なのに不思議…。そしていよいよ背中が定員オーバーになりそうな勢い。


そんな色々背負って生きる、残された側である次郎ちゃんですが、平成版の時はやっぱり周りが演劇お化けだらけだったので、どうしても印象が残らないこともあって。真面目に頑張る役なのでそれもすごく次郎ちゃんだったんだけど、令和版ではより一層強くなった次郎ちゃんで、ものすごく存在感が増してたんですよね…。空いた夏秋の間に次郎ちゃんをすっかりブラッシュアップさせていた優馬くんにうっかり泣きそうになりました。

次郎ちゃんの一番好きなセリフが、九郎と秀衡の戦いを見守りながら言う「逃げるな頼朝!奥華は滅ぶ。残るのはお前だ。だからせめてその散り際、しっかり見届けろ!」なんですけど、このセリフも平成版と令和版で重みが全然違って。奥華一族の最後の当主としての覚悟と責任をより一層強く感じて、ますます好きなシーンになりました。

平成版では大陸の王なんてまたまた…っていう心許なさがあったのに、一年経ったらしっかり現実味を帯びた大陸の王の顔してるんですもん…。絵空事に聞こえなくて、あれ絶対統一する顔じゃん、静歌を守りながら生きる男の顔じゃん。と容易に想像出来て続編が見たくなった。大陸の王編しようよ、奥州藤原氏のあとはチンギス・ハーンしようよ。


平成版を経て、令和版では重要なシーンが増えていたり、殺陣の手が増えていたり、きちんと新感線やいのうえさんの信頼を得ているの嬉しかった。一年空けて見るとそのまま優馬くんの成長が分かったり、ブラッシュアップがされていたりで、すごく面白い公演形態だったなと思いました。そして、きちんと一年かけて役の理解度を深めて、存在感をしっかり示した優馬くんのこと、物凄く頼もしく感じました。

だからこそ、最終地である福岡で次郎ちゃんはどんな千秋楽を迎えるんだろう、どれだけ研ぎ澄まされた状態で博多座に立つんだろうと楽しみにしていたので、本当に寂しかった。大阪、金沢、松本、東京と経て1年間の集大成を見るのを楽しみにしていたから、心にポッカリ穴が空いた。でも博多座さんの手厚い歓迎や、万全の体制を整えてくれていた気合を見て、もっと悔しい人がいるのだなと感じました。そして、あのノボリがはためいているところを絶対見たい、とも。

私にとっても、優馬くんにとっても初めての劇団☆新感線。こんな形で幕が下りるなんて、大阪公演を見てる時には想像もしていなかったけど、でもなにより誰も感染者を出すことなく、怪我をすることもなく、欠けずに幕を下ろせて良かったなと思います。そして一公演でも見れて良かった。今回はこんなご時世も相まってなんだかより一層、演劇に触れる喜び、幸せを感じた作品でした。改めて大変な状況の中、万全の対策をしながらエンターテインメントを出来る限りまで届けてくださって、ありがとうございました。とんでもなく最高にハッピーで、元気をもらった初劇団☆新感線でした!ただ不完全燃焼だったので、是非また優馬くんにリベンジさせてください!!!!なんでも次の仕事に繋げるで有名な優馬くんなので期待しています!!(言霊)

今こんな事態では、エンターテイメントは必要不可欠ではないと排除されてしまいますが、身体は元気に生活できても心の栄養が不足するなと、取り上げられて初めて痛感しています。身体と心のバランスが取れなくて、当たり前がなにひとつない日々に落ち込むたびに、元気にしてくれるのは優馬くんの何気ない近況報告だったり、優馬くんが演じた誰かの言葉だったり。特に「下向かない。上向いて、胸張って、前!」は毎日思い出します。そんな、少しの栄養剤が、なんとか私を毎日動かしています。

なので、今はとにかくエンターテイメントを楽しめる、優馬くんが思い切り仕事を出来る、平和な世の中に早く戻れるように出来ることをします。正直明日すら、1日先のことすら、曖昧で見えない日々ですが、優馬くん含め推しも同じ世界に生きて頑張ってると思うと、次会えた時の何百倍にもなった喜びを想像すると、とりあえず明日は頑張ろうと思うので、その日々を積み重ねていきましょうね。いつか思い出して、あの時頑張ったなあと自分を褒められる日が早く来ますように!

とにもかくにも、偽義経冥界歌、これにて閉幕!!

出来ればまた会えることを願います!!39!!!!!!!

地球防衛軍 苦情処理係、感想。

下書きに残してることを忘れてこんなに時間が経ってしまった。まあいいや、自分のメモブログなので残しておきます笑。12月1日に観劇しました。以下感想です。

 

地球防衛軍」ってタイトルにあるくらいだからスケールの大きい社会派な舞台かと思いきや、誰かを守りたい、大切にしたい、そんな世界中のどこにでも転がってる小さな恋の話でした。このギャップが面白かった!

 

展開がスピーディで、登場人物一人ひとりにきちんとバックボーンがあるのが物語を濃くしているなあと見ながら思っていました。軸になる深町くんと日菜ちゃんの恋のそばで遠藤の問題や、瀬田さん竹村さんの過去が明かされていく。みんなが何かを背負って、守りたくて必死に生きていることが分かると、深町くんが人間に感情移入するのと同じようにじんわりと私たちも彼らが愛しくなってくるから、鴻上さんの描く「人間味」は深いなあ。

 

優馬くんが演じた深町航くんは、真面目で真っ直ぐで純粋な人。目の前の状況や自分の感情だけで動かずに、使命と正義感の間で揺れ動く、人間っぽい宇宙人。でも最後は、一番大切な人と一緒にいたいってたったそれだけのシンプルな原動力で物語を動かしていて、実はとっても強かな人なんだなあ、とも。優しい音楽とともに日菜ちゃんと戦う深町くんが切なくて、でもちゃんと今ある最善を選べる深町くんはきっと幸せになれるなあと思いました。顔も知らない人からの誹謗中傷や、理不尽な苦情、ぶつけられる悪意、色んなことに心を揺らしながらも一番シンプルな答えにたどり着いたのが、小さな希望だったな。どんなに理不尽で、やり切れなくて、絶望する現実があっても、たったひとつ光を見つけるだけで、頑張ってみようかなと思える、そんな足元の幸せに着地した結末が私は結構好きでした。

 

あと楽曲がとっても素敵で、楽しかった。前回のローリング・ソングでは歌を、今回の地球防衛軍ではダンスを優馬くんから引き出してくれたのは少し意外だったけど、鴻上さんにとっては「歌」も「ダンス」も演劇の表現法の1つなのだとすると、全部を表現できるのは優馬くんの強みだなあと思いました。ジャニーズやってて良かったよね。たしかにダンスがあるだけで、物語が広がって深みもグッと増して、大事なシーンに流れる音楽がすごく心に残っています。私は優馬くんのダンスの表現もすごく好きだから、苦情処理係のみんなとワイワイ楽しそうに踊るのも、日菜ちゃんとのノスタルジックなダンスも最高に幸せでした。特に日菜ちゃんとのシーンでよく流れたclose to meという楽曲(すぐ調べた)は交差点や、舞い、恋が好きな優馬担なら絶対ハマる曲調だったと思うので、鴻上さん本当によく分かってるなあと思わず唸ってしまった。

 

鴻上さんと2度目のタッグ。これがどれだけ凄いことか。優馬くんともう一度やりたいと思ってもらえるってことは、鴻上さんから信頼を得たということだし、優馬くんの表現が必要とされたということ。いつも当たり前のように次の仕事につなげているから忘れそうになるけど、優馬くんのその実直な仕事ぶりは本当にすごい。こうしてひとつひとつ人脈を広げて、演劇の力をつけていく優馬くんのこれからが楽しみでしょうがないです。

梅田芸術劇場でEndless SHOCKを見てきた!

無事にSHOCK2年生に進級した優馬くんを見ることができました!SHOCKにはとことん突き放されてしまう私なので、今回も機会を恵んで頂きありがたき所存。初めてみたSHOCKの感想も残していたので、読み返してから観劇したのですが、あの時の感情を残していた自分に感謝しまくりました。なので、今回も書いておこうと思います。

憧れのライバル役、憧れの帝劇、初演のユウマもそんなエネルギーに満ちていたし、楽しさも喜びも感じられて感無量だったのですが、見てるこっち側も緊張していたし、優馬くん自身もついていくのに必死でどうにも「がんばれ、がんばれ」という念を送りながら見てしまっていました。なんでも及第点を超えてくる優馬くんを応援している身としては、その感覚もそれはそれで新鮮で楽しさがありました。でも今回はその感覚が少し和らいで、物語にグッと入り込めた気がしました。だからかな、いろんなシーンで涙が止まらなくなりました。優馬くんにも私にも、息を抜く余裕が生まれたからかもなあ。

中でもライバル役の苦悩の部分は、前回よりも感情移入出来たし、よりクリアに伝わってきたように思いました。あとコウイチの傲慢さが少し和らいで、慈愛みたいな感情を感じたのもすごくグッときた。なんというかずっと渇きの中で生きてるように見えていたんですが、前より水分量が増えたような人間らしいコウイチで私はとても好きだったな。だからこそ、ライバル役の渇きや焦燥感がコントラストになって目立っていて、良い対比だなと思いました。コウイチに光が増えた分、ライバル役が一層暗闇を背負ってるのが、優馬くんの真骨頂という感じがしてゾクゾクしますよね。やっぱり絶望や闇を背負わせると右に出る者はいないと思います。コウイチを超えたいという欲と、超えられないという絶望、皆が自分から離れていく、誰もわかってくれないという孤独。いろんな感情に苛まれ支配されていく、でもどうしようもできないという葛藤が、あの悲劇の切なさを濃くして、すべてがそこに向かっていく流れがスムーズで物語に引き込まれました。

コウイチに対する屈折した思いとか、相反する感情への葛藤とか、愛憎に近い苦しみとか、見ていて本当につらいんですけど、その演技をする優馬くんは大好きなんですよね…(もはや性癖)優馬くんからしたら精神的にもしんどいんでしょうけど、そのしんどさの中から生まれる表現がものすごく魅力的ですよねやっぱり…。好きです…。小さいころからずっと背中を追ってきて、雨の中で踊るコウイチを見て悟ったときからユウマの中でコウイチは絶対的な存在で。超えられない高い壁とずっと一緒にいること、敵わない悔しさをずっと痛感し続けていること、ひとつひとつがユウマを蝕んでるんですよ。リカの存在だって、リカがコウイチを好きだから何かひとつでも勝ちたくて奪いたくて追いかけているだけに見えるし、リカを好きのその向こう側にはコウイチがいて。もがいてももがいても光に届かない。……なんていうか最高ですよね。このライバルのもがきを2年目にして早くも自分の武器にしようとしてる優馬くんの貪欲さと努力に最高にワクワクします。ユウマくんにしか描けない繊細で鬱屈としたライバルの苦悩が大好きです。

そしてその真骨頂がシェイクスピアと告白のシーン。見るだけで苦しすぎてもういいですって息切れしそうだったんですが、歪んだユウマの顔が麗しすぎたので手はしっかり双眼鏡を握っていた(おたくの意地)

このシェイクスピアのシーン少し変更されていましたが、よりライバルの苦悩が分かりやすく伝わってきて、しんどかったです(褒めてる)これを毎晩毎晩見ているユウマのことを考えると死んだほうがマシだと思う気持ち分かりすぎる…。リカが途中から役を抜けてリカとしての言葉になっていたり、ユウマもコウイチと叫んでいたり、劇中劇と現実がごちゃごちゃになってる感じも「夢」としてリアルですよね。少しだけコウイチを立ち止まらせたかっただけなのに、振り向いて欲しかっただけなのに、取り返しのつかないことになってしまった、を描くためだとしても業が深すぎるなと思いました(褒めてます)あとこのシーンの優馬くんにいろんな人が見えて、面白かったなとも。カンパニーメンバーの責め立てる声にうなされるユウマには淳一先生(それいゆ)が、足を引きずって逃げまどうユウマにはハリー(銀杯)が、さらにはジャパネスクでは次郎(偽義経)がいて、優馬くんの中にはいろんな人が生きているんだなあと嬉しくなりました。優馬くんは努力の人だけど、そのすべてを力に変えて舞台で発揮できるのは才能でしかないと思っています。これからどんどん進級して、ユウマを演じていくんだとしたら、そうやっていろんな役を吸収して毎年アップデートされたユウマを見せてくれるんだろうなと楽しみでもあります。

あと告白のシーンでは、個人的に一番印象的なユウマのセリフがあって。それが「みんなコウイチの犠牲者なんだよ!」なんですが、この言葉に含まれる思いが深くて大好きなんですよね。憎しみも悲しみも悔しさももどかしさもそして愛も、全部が詰まってる。これがユウマの想いすべてなんだろうなって。一番「犠牲者」と思ってないユウマが言うからこそ、その意味を汲み取ると胸が熱くなるセリフですよね…。犯人や悪い人が明確にいる「被害者」ではなくて、天災などに使われる「人間」を介さない「犠牲者」。ユウマは分かってるんですよ、ショーをお客様に届け続けるためには何かや誰かを犠牲にしなければいけない瞬間があることも、コウイチが一番自分を犠牲にしてきたことも、そして、犠牲を負うのは誰のせいでもない、しいていうなら人ではなくショーのせいであるということも。ショーマストゴーオンこそ、犠牲の上で成り立ってることを誰よりも知ってるんですよ。だって一番コウイチの近くにいたんだから。まあこの時のユウマはそんなこと考えてないし、本気で自分は犠牲者だと思ってると思うんですけど、無意識でも心の奥底で分かっているから「犠牲者」が出てくると思うんですよね…。でもそれでも舞台に立つことを夢見てしまうのは、好きでカンパニーの皆と一緒にいるのは、ここが居場所だと思っているから。本当は誰も何かを犠牲にしたなんて思ってないんだよな、むしろショーをするためには必要なことだと思っている、それは最後のどんな絶景よりも美しいショーを見れば痛いほど分かる。たとえ何かを犠牲にしてたって、このカンパニーで舞台に立った瞬間に報われるんだろうな、そう思わされるほどステージが好きで好きで仕方ないカンパニーの熱量が伝わってくるようでした。いやあ、SHOCKは深いなあ。見れば見るほど舞台を好きになる舞台ですね。ショービジネスを舞台にしてるからこそ、演じる人たちと重ねてしまってリンクする部分に胸が熱くなる、いやあほんとよく出来てる…。

全体的にクリアになっているなあと思った、SHOCKでした。1700回を超えてもアップデートを忘れないプロのお仕事に本当に頭が上がりません。だからこそ長く愛されるんだろうなと実感しました。現に私もまだSHOCK歴2年目のぺーぺーだし、まだ2回しか見たことないのにSHOCKへの愛が深まるのを感じています。冒頭にも言ったように、コウイチの天才故の鋭さみたいなものが和らいでいたので、最期のショーでは本当に未練なくやり切ったのだなあという寂しさと、命を全うする儚さがより際立っていて昨年よりずっと泣けました。また慈愛にも満ちていたので、ユウマに対する期待と信頼みたいなものも奥底で感じられるようになり、ユウマは愛されているのだなあと感じて胸がいっぱいになりました。コウイチの消えゆく者の儚さと、ユウマの生きてやるという力強さが対照的で、ライバルの影が最後の最後にコウイチの光に吸い込まれていくような感覚でした。きっと一生分かり合えないけど、ユウマは何かあるたびに空を見上げるんでしょうね…

 

 

あとマジ今更なんだよ…って話なんですが、優馬くんの顔の良さに3秒に1回はビックリしていました。え、かっこよすぎない??3階席だったので全体見ては、双眼鏡覗くを繰り返してたけど、覗くたびに新鮮に「※エッ…顔が良すぎる…無理…」ってなってたのでたぶん脳がキャパオーバー起こしてたと思います。何回も見てる顔なのに一回ずつ記憶喪失になって※繰り返しをループしてるの我ながらちょっと笑ってしまった。充実感に溢れてたからなのはもちろん、大人の男としての色気みたいなのも装備してきてるから「え、フル装備じゃん!」を何回も繰り返して、若干話が頭に入ってこなかったです(あんだけ熱く書いたやつが言うことじゃない)私情でしかないですが、偽義経金沢を胃腸炎&風邪で泣く泣く諦めた(這ってでもいこうとして止められた)ので、優馬くんに会うのが半年ぶりとかで見ただけで泣きそうになったので、あっヲタ卒業は無理だ…と秒で察しました。ということで地球防衛軍楽しみです。優馬くんがカッコよすぎて内容が頭に入ってきませんという苦情はどこで処理してくれますか(?)

 

 

 

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最後に。優馬くんがずっと憧れ続け、客席で観続けたSHOCKに出演するという奇跡のような機会に2年目も立ち会えて幸せでした!優馬くんにライバルという役を預けてくださってありがとうございますという気持ちでいっぱい。ユウマが大好きだし、これからもっともっと好きになれる余地を感じさせてくれて、楽しみしかないです。

またユウマに会えますように…!

まぶしい瞬間は永遠に

10年前の今日、中山優馬w/B.I.Shadowとして優馬くんはデビューを果たした。関西ジュニアとして見てきた優馬くんが東京の子たちと一緒にいる姿はどうも慣れなくて、でもドラマにバレーボールにとめまぐるしい日々に置いてかれないように必死だったのが昨日のことのようだ。

今は影も形もなくなってしまったグループだけど、全員が今もジャニーズのアイドルとして活躍してるのは奇跡だと、ここ数年で思い知らされている。

久しぶりに、悪魔な恋のPVを引っ張りだして見ると、まだ幼くて少年になりたてのような透明感が眩しかった。あの頃は色んな想いがグルグルして、流れるように聴いていたけど、改めて聴くとこの一瞬、今この瞬間を切り取ったエモーショナルなデビューシングルがとてつもなく愛しく思えてくる。この曲と一緒に、あの頃の優馬くん達も宝物みたいに大事に大事に閉まっておきたくなる。10年経った今、また違った魅力を、もう二度と戻らないからこそ感じる儚さを愛しく思える。

そして、この10代の一瞬の瑞々しさと美しさを、まだ未完成な少年たちを、見つけて磨いてエンターテイメントに昇華させる、ジャニーさんの凄さを改めて思い出した。そんな凄い人がいなくなったこと、ジャニーさんの創るエンターテイメントをもう受け取れないこと、日に日にじわりじわりと寂しくなってくる。

ジャニーさんが亡くなったことをたくさんの人が悲しんでいた。所属タレントの涙をたくさん見たし、多くの芸能人がジャニーさんに言葉を紡いだ。それは悲しいけれど、同時に凄いことだなと感じた。死を嘆く人が多くいるということは、生きていた時間にたくさんの人の心を動かしていたということ。まさにジャニーさんの生き様そのものだなと思った。ジャニーズ事務所だって、タレントとビジネスとしてではなく、人と人として関わる社長がトップにいたからこそ、長く芸能事務所として生き残れたのだろうなと思う。私はそんなジャニーさんを通して、死ぬということはその人の生き様を映すものなんだなと知った気がした。厳密に言えば、全く知らない会ったこともない人だけど、人生の結末を、こんなにも温かく迎えたジャニーさんを尊敬する。

そして、そんな人に優馬くんを見つけてもらえたこと。優馬くんに夢を与えてくれたこと。それから私に出会わせてくれたこと、すべての必然にたくさん、たくさん感謝している。優馬くんがいたから、ジャニーズがあったから、毎日幸せで、私の人生は青春も大人になってからもジャニーズと一緒にある。年々優先順位が変わっていても、いつでも私の元気の源はここだと、ずっとそばにいると感じる。だから、これからも優馬くんと一緒に、嬉しいことも悲しいことも知っていきたいなと思う。そしてジャニーさんの「信じる力」いつか私も、ちゃんと強く持っていられるような人になりたい。

10年前、キラキラ輝いていた少年たちは、年齢を重ねても違う魅力で今も私を楽しませてくれる。こうやってジャニーさんが信じた人たちが届けるエンターテイメントを、私はこれからも楽しみにし続けたいと思います。でも今日だけは悪魔な恋を聴いて、あの頃に戻ろうかなあ。

 

ジャニーさんありがとうございました。

愛しています。