君の名は希望

優馬くんの名前は希望と今 知った

舞台「ゲルニカ」感想

私は今、ものすごく貴重な体験をしているのではないか。

心の底からそう思えるような演劇に、また優馬くんが出会わせてくれました。

久々に演劇に触れたという高ぶりもあるのでしょうが、それを差し引いても忘れられない体験でした。まるで当時のバスクにタイムスリップして、ゲルニカの町でサラたちと混沌の世界を一緒に生きたような、不思議な感覚。なんの馴染みもない、遠い国の遠い昔の出来事のはずなのにえらく現実味を帯びた物語が今もこびりついて離れません。

感情をうまく言語化できるのか分からない、それくらい寄り添ってしまう物語でした。

 

ゲルニカに住む人々はみな、平等と平和を求め何事も話し合いで決めてきた―—―。

劇中で何度も繰り返される「平等と平和」というフレーズ。そうやってバスク人とはどんな人たちで、ゲルニカという町は何を大切にしているのか、人々の暮らしを通して描いたうえで、それらすべてを奪っていく「戦争」という描写。

そしてバスク人である事を、聖なる樫の木と共に生きていることを、誇りに思い伝統を守ろうとするその原動力すら「戦争」に向かわせてしまう、希望の搾取。

こうして物語が進むたびにジワジワと首を絞められ、日常に落ちる影が濃くなっていく展開が丁寧なので、より最後の無差別爆撃のシーンが乱暴で破壊的に思えた。思想や尊厳の搾取だけでなく、命そのものをあっけなく奪うラストに無力感と抵抗感を植え付けられた気がした。

 

そしてもう一つ、この物語で「戦争」と隣り合わせの理不尽が「血筋」だ。イグナシオが呪い、サラが誇った自らの出自。このアイデンティティーすら戦争の小さな火種になり、無差別爆撃の引き金になる。戦争は自然現象でも天災でもない、バスク人、スペイン人、イタリア人、様々な思想や宗教、文化が違う人間が引き起こしている人災なのだと二人の結末を見て、突きつけられたような気がした。

サラはあてがきなのではと思うほど、上白石萌歌ちゃんのためにあるような役で、イメージに乖離がないのですんなり感情移入できた。等身大で飾らなくて、純粋で真っ直ぐなサラ。世の中を何も知らない無垢なサラが、戦争を通してひとつひとつ大人になっていく。皮肉にも戦争という異常事態が、サラの本来の人間性を輝かせて、強く磨かせる。こんな時代に自分を持って、誰かを思い、ゲルニカの木に誓って生き続けるサラは最後まで強く美しい女性だった。最初はルイーサに甘えるこどもに見えたのに、力強く赤ちゃんを抱いて歩くサラはいつのまにか母親で、数時間の上演時間のなかで何年をも生きた萌歌ちゃんの深さを感じました。

脚本家の長田さんが萌歌ちゃんのことを「ご自分にとっての大事なものを自身でもうすでに選び終わっている感じがした」と話されていて、腑に落ちる表現だなとすごく印象に残っています。まさにサラも生まれつき選び終わってる人のような気がする。そういう共通点がサラと萌歌ちゃんをより深く結びつけたのかな。

 

そんなサラと出会う、すべてを諦めたような暗い表情のイグナシオ。相変わらず何かを背負い、抗いながらもがく役柄は優馬くんにとても似合うなあと思いました。さらに年齢を重ねたことで以前よりももっと優馬くん自身の色気や経験も役柄に滲むようになっていて、これから年を重ねるたびにもっと深みのある優馬くんが見れると思うと楽しみだなあと。いくつになってもこういう役をして、極めていくのも面白いと思う。

でもイグナシオという若者は今の優馬くんにしか出来ない役どころで、少年と青年の間で揺らぐ不安定な部分が魅力的でした。大人になりきれないまま戦争に参加し、自分を確立する前に運命を決められる。それでも母やサラ、なんとか大切なものだけは守ろうという覚悟もあって。自分の深いところにある芯だけは、決して捨てないところがサラと似ているなと思いました。最後にサラに何度も何度も伝えた「逃げろ」が、月が綺麗ですねよりも尊いアイラブユーだった。サラもイグナシオも次は平和で、豊かな世界に生まれて欲しいな。

 

今、こんなご時世に見るからこそ、より感じとるものがあった舞台だなと思います。ゲルニカも今の世界も何かを制限される苦しみは一緒で、どこにもぶつけられない、ままならない感情の中で生きるゲルニカの人たちに共感し、パワーを貰った気がしました。

 

個人的には、偽義経東京公演以来の観劇で。その半年の間、世界は好転することもなくジワジワとまたウイルスに蝕まれ…正直初日を迎えられるのか、私は観劇できるのか不安と隣り合わせでした。出演者やスタッフの方が大変なのはもちろんですが、どうか無事に…と願いながら公演を重ねる日々は、やっぱりいつものエンターテイメントが戻ってきたとは思えなくて、安心できる世界が早く来て欲しいなと思いました。

そしたら、サラやイグナシオ、ゲルニカの人々に想いを馳せながら、聖なる樫の木を見に行きたい。そんな日が来ることを楽しみに待ってようと思います。