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君の名は希望

どんな時も君がいることを信じてまっすぐ歩いて行こう

日焼けしたみたいに心に焼き付いた君の姿をした跡になった

2008年4月24日。8年前の今日は。

11歳の私が、14歳の中山優馬くんに出会った日。
そんな今日は、私が優馬くんを見つけた瞬間を、好きだと思った瞬間を、どうせなら記念に書き残してみようと思う。
 
あの時のことは、今でも鮮明に、明確に、覚えている。
画面の中の優馬くんは、NHKのドラマ「バッテリー」の原田巧として、野球部の監督であるオトムライを睨みつけていた。
印象として残ったのは、しっかりした眉毛と、低くて落ち着いた声。
そして何より、鋭い目つきだった。
制作側も優馬くんの大きくて切れ長の眼を「巧」を表す上で重要なポイントとしていたのか、何度も映していて、画面いっぱいに優馬くんの眼が映る度に息を呑むように、引き込まれていた。
ちなみにコチラが私が好きだった巧くんの目つき。
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この挑発するような、威嚇するような、強くてハッキリ意思表示する眼に一瞬でもっていかれた。
とても衝撃的だった。あまりにも「巧」だったから。小説から出てきたみたいな生意気な「巧」だったから。
原作のあさのあつこさんのバッテリーが大好きだった私には、本当に巧が現実に存在している気がして、巧に会えた気がして、とても不思議でワクワクした覚えがある。
 
こうしてバッテリーの巧として優馬くんを見始めて、ただ「原田巧」が好きだった。クールで感情表現が下手くそであまり笑わない巧くんが好きだった。
そんな巧くんが笑った瞬間は、可愛くてもっと好きだった。
私の中に巧くんが「笑う」っていうイメージがなくて、でもあまりにも巧くんが可愛く笑うから、より「巧」という人物に色がついたみたいでとてもドキドキしたのを覚えている。
そんな巧くんの笑顔はコチラ。
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今思えば大きいおめめがキュッてなくなる笑い方は巧くんでもなんでもなくて、優馬くんそのものだなあと思う(笑)
そして1番覚えているのが、8話のいなくなった青波を探す場面。
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無事に見つかって、青波の真っ直ぐな思いを聞いて、涙を流す巧くんがあまりにも綺麗で、こんなに綺麗な涙があるのかと胸がギュッとなって……今思うと多分この時にはもう落ちかけていたんだろうなあ。
 
「原田巧」を通して中山優馬くんと出会い、「原田巧」が好きだから巧くんを生きる優馬くんが好きだった。
「原田巧」ではない優馬くんに興味はなかった。本当に「中山優馬」を好きになったのはもっと後の、少年倶楽部in大阪で「circle」を踊る優馬くんを見た時だった。
本当にこれこそ運命だと思ってるけど、何気なくまわしたチャンネルで、初めて見る番組に手をとめたのは紛れもなく踊る「巧くん」を見つけたからで。
2度目の衝撃だった。あの巧くんが踊ってる。
あの巧くんが歌ってる。何一つ結び付かなくてちぐはぐな違和感を感じた。でもひとつだけ同じだったのは。
あの力強い意志を持った眼。この人は巧じゃなくても、あのすべてを飲み込むような膨大なエネルギーを持った眼をするんだと思った。
その眼に吸い込まれるように、引き込まれるように、気づいたら「中山優馬」に興味を持っていた。
 
今でも、優馬くんの意思とは関係なく、まるで生きているように、いつだって強く鋭く光を放つ優馬くんの眼が何より好きだ。あの眼に囚われて、この8年ずっと優馬くんがあの眼で見てきた光景を一緒に見てきた。
でも、あの時より。私が出会ったあの時より。
優馬くんの眼は、柔らかくて優しい光も宿すようになったと思う。
8年前の優馬くんには、根拠の無い輝きがあった。理屈では説明出来ない強いまぶしさと、他を相容れないただならぬ雰囲気と、根拠がない故の危うい刹那の煌めきのようなものが優馬くんの中で乱立していた。そこには何一つ確かなものなんてなくて、いつか消えて跡形もなくなるんじゃないかという儚ささえ、優馬くんの根拠のない輝きに切なさを足していた。
そんな優馬くんを好きになった。すべてをねじ伏せるような鋭くて強い眼光の中に、脆くて消えそうで何かを訴えているような弱さを感じる瞬間がたまらなく好きだった。
この人は自分の意思ではなくて、何かに選ばれて立っているんだ、だから選ばれし者にしか背負えない光を宿しているんだと本気で思っていた。
 
そんな優馬くんも8年の時を経て、本当に一言じゃ片づけられないくらい色んな波を乗り越えて、今もなお変わらずに私たちの前にいる。
あの時よりずっと、柔らかくて温かくて穏やかな眼をして私たちの目の前に立つ。
この光を宿すまでに優馬くんはいくつの「自分」と「意思」を置いてきたのだろう。
一体いくつの眠れない夜を越えてきたのだろうか。
こんなに何年も見てきたのに、それは何一つ分からない。
でも確かにこの目で見てきた優馬くんはいつからかを境に、根拠の無い輝きを放たなくなった。自分でコントロールできないみたいなやたらと強い光を放たなくなった。その代わりに、しっかりと意志を持った強さの中に優しさを秘めたような光を身にまとい始めた。
輝きに意思と根拠を持ち始めた優馬くんは、なんだかとても人間っぽくなった。
どこかアンドロイドのような、意志を「持たされている」みたいな無機質さを感じなくなった。人形みたいなどこか人間離れしている異質さが優馬くんの異様に目立つ眼に似合っていて好きだったけど、今は同じ時間を生きている人だと分かるような温度を感じる優馬くんで安心する。どの優馬くんも好きだけど、今の優馬くんは純粋に美しい人だと思える。
 
こうして7年。短いようで、やっぱり長かった。
変わらないようで、たくさん変わっていた。
だけど、優馬くんはそこに居続けた。
どこにも行かなかった。
私も。優馬くんを追い続けた。
そしていつの間にか8回目の春。
私は8年経ってもあの瞬間を覚えているから、きっといくつになっても、9回目でも10回目でもこの時のことをずっと覚えていると思う。
だから9回目の春も、10回目の春も、優馬くんのあの眼に映る世界を一緒に見れますように。
 
日焼けしたみたいに心に焼き付いて君の姿をした跡になった
ひまわりが枯れたって 熱りがとれなくて まだ消えずにいるよ
瞼の内側で君を抱きしめると 心臓の鼓動が僕に襲い掛かってくる
そいつをなだめて 優しくてなづけるまで まだ時間がかかりそうなんだ