君の名は希望

優馬くんの名前は希望と今 知った

未来を越える今今今

去年の夏、初めて関ジャニ∞のライブを見に行った。
ずっと好きだった人たちに、画面越しで見てた人たちに、
会えた瞬間のあの高揚感と快感。
7人とも最高にカッコよくてしびれたこと、ずっと覚えていると思う。
だから今年も会えたらいいなって楽しみにしてたけど。
結果的に、私が生で見れた7人の関ジャニ∞はあの夏が最初で最後だった。
もっと大切に見たらよかった。もっとちゃんと焼き付ければよかった。
こうなること分かっていれば、なんて思い浮かぶのはタラレバばっかりで。
好きなアイドルが明日もアイドルをしてるかなんて、
約束されていないんだなあってこと、また思い知らされてしまった。
ずっと在り続けると思っていたものが突然なくなると、やっぱり呆然とするし、思考が止まる。
ここ最近で何度も思い知ったはずなのに、その度に寂しくなる自分に、全然学習できない自分に、少し笑ってしまう。
でもやっぱり、寂しいものは寂しい。
何度思い知っても、慣れないものは慣れない。
渋谷すばるのいない関ジャニ∞が寂しいって声に出して言いたい。
横山さんの「今日という日が来なければいい」は胸が痛くなるくらい、分かる気持ちだった。

だけど、寂しい気持ちと同じくらい、
すばるくんのことすごい人だなと思う自分もいる。
恵まれた環境も、慣れ親しんだ人たちも、置いていける強さが。
変化を恐れない、その強さが、本当にすごい。
「36歳を迎えて自分の人生を考えてみた」って当たり前のことを言ってるはずだけど、すばるくんの環境を考えるとそれが出来ること自体がすごいことだと思う。
きっとグループとして生きていくためには、折り合いをつけ時には「自分」より優先することが必要で。
それをしてきて関ジャニ∞で居続けた人が、30半ばをすぎた今、自分だけの人生にスポットを当てる。
グループの一員として自分が存在していることが当たり前の世界で、自分のことだけに焦点を絞る。
そうやって自分の目指す先を、改めて見つめ直すことはなかなか出来ることじゃない。
ましてや15年も走り続けてるんだから尚更。一旦立ち止まって考えることは、少なからず怖かったはず。
当たり前を、一から見つめ直すことって簡単じゃないはず。
そしてその決断を本当に行動に移すことは、絶対に並大抵じゃない。
たしかに「わがまま」なのかもしれないし、大倉くんに言わせれば「勝手な決断」なのかもしれない。
でも、それでも自分の人生を優先した意志の強さにすごいと思うしかない。
私は純粋に、今までの全てを覆してでもしたい事があるすばるくんが羨ましくなった。
1人の人間として、いいなあと思ってしまった。
だって普通に考えたら、人生でそこまでしたい事があるってすごく幸せなことで。それだけで大きい意味があること。
何の目標も持てず、やりたいことも上手く見つけられない、自分の才能に気づけない人がいる中で、すばるくんは「関ジャニ∞」と「自分の夢」、夢中になれることを2つも見つけている、とんでもない人だと思う。
だからこれからは「自分の夢」の番なのかな。
そう思うと、旅立つ夢を見てしまったすばるくんを、大倉くんと一緒で、嫌いになれなかった。
むしろどこまでいってもブレないすばるくんがやっぱり好きだった。

そして、そんなすばるくんと同じくらい、6人が好きだった。
このすばるくんの思いを受け入れて、かつ関ジャニ∞を守ってくれた人たちがやっぱり好きだった。
一切飾らない、ありのままだけを並べて話してくれる等身大の彼らの言葉が好きだった。
私も受け入れられなかったけど、一番受け入れたくない顔をして隣にいたから少し救われた。
そんな彼らが受け入れるしかないと、腹を括ってすばるくんと一緒に座っていて安心した。
私なんかが見ていた時間は長くないし、もっともっと関ジャニ∞を見守って来た人からしたら、浅はかに思えるかもしれないけど、やっぱり一番カッコいいグループだと思った。
そしてなにより、これからもずっと笑っていて欲しいと思った。どうか、これからもくだらない事でゲラゲラ笑い転げる関ジャニ∞でいて欲しい。
どうなっても「関ジャニ∞」が彼らに大きなものをもたらしている事は変わらないから。
すばるくんにはこれから何をしたって、どこにいたって、関ジャニ∞であったことがアイデンティティーとして存在していくんだから。それは残された6人も同じだから。
だから7人がただただ笑ってくれればもうそれでいい。

今でも浮かぶのはタラレバばっかりだけど。それはもうたぶん一生だけど。
それでも最初で最後でも、関ジャニ∞渋谷すばるくんに会えてよかった。
自分の目で見れてよかった。あの時ライブに行けて良かった。
7人の関ジャニ∞を見ていてよかった。
知らない方が良かった、なんて思えないくらい最高なグループだし、知らない方が絶対後悔していた。
やっぱり、そう思います。

だから渋谷すばるくんに、そして関ジャニ∞に、
7人でいる「未来」を越える「今」が来ることを願っています。

Endless SHOCK初心者の感想

ありがたいことに、Endless SHOCK見てきました。*1
この目でライバル役を務める優馬くんを見ることができました。
本当にいろいろな人に助けられてヲタクってできるんだなと実感したSHOCKでした(しょっぱなから激重テンション)
せっかくだし、SHOCK初心者が初心者なりに感じた感想を残しておこうと思います。

まず印象として残ってるのが「思ってたよりミュージカルショーだったな」といアホ丸出しの感想でした(笑)
これは私が、物語が複雑で、濃い印象があったのでもっとお芝居の部分があるのかなって勝手に思ってたのも大きいかもしれません。
だからお芝居の部分やセリフは最小限に抑えて、華やかな歌って踊るショーに重きを置いてることが意外でした。
でも、これがやっぱりジャニーズ独特のエンターテイメントだなと改めて思い出した気がした。
華やかさに圧倒されワクワクしてたら終わってる、何も考えずにただただ受け取って楽しむ、そんな時間がたまらなく好きだったなということも思い出しました。
そして何より、そのステージに大好きな優馬くんが存在している。もうそれだけで胸がいっぱいで、楽しそうに歌って踊るキラキラした優馬くんがまぶしかった。
優馬くんが憧れ続けた舞台に立って、夢を叶えてる姿を見れたことは、本当にファン冥利に尽きるなあと思いました。純粋に応援していてよかったと思った。
こういう瞬間を与えてくれた優馬くんに感謝したいです。

物語の感想としては、なんとなくは把握していたけど、正直初めて見る人からしたら突拍子なく展開を迎えたりして、大変な部分もありました。
とにかく目の前で起こることの情報量が多くて、頭が追い付かない感覚。
でもちゃんと後から理解できたり回収してくれる気持ちよさもあって、さすが何回も公演を重ねたからこそ分かりやすいようにされているのだなと納得もした。
何よりあれだけショーの部分が多くて、セリフが最小限に収まっていても、カンパニーの様子やひとりひとりの感情がきちんと伝わってくるのがすごいなあと思いました。
それこそセリフがないからこそ踊りや歌、表情や細かな動きで感情を表現していて、ただ歌って踊るよりもずっとハードルの高いことをされているという印象。
踊りや歌のクオリティーが求められるのはなんとなくわかるけど、演技の部分でも少ないセリフの中で表現する難しさがあるような感じでした。
でもそれぞれが高い意識の中でやられているからか、本当に、歌、ダンス、ストーリー、どこをとっても不足のない細やかさがあってただただ圧倒されるばかりでした。
どれもクオリティーが高く、考える暇がないくらい見どころがあるので、必死に食らいついてたら終わってるっていうくらいストレスがなかった。
洗練されたショーだなと初心者なりに感じていました。

人物もみんな魅力的で。人物観察が好きな私にとってはすごく楽しかった。この人はこういう人とか、それぞれに色みたいなものがあると思うんですけど、SHOCKの登場人物はみんなその色がハッキリしてるなと思いました。だからこそ初心者でもわかりやすい。
特に魅力的なのは全員に「欠点」があること。すごく人間味があり、親近感がわいてみんなすごく好きになった。
コウイチだったら、スター性は抜群だけど、ストイックすぎるが故にそれを全員にも求めてしまう傲慢さがあって。ユウマだったら、純粋でまっすぐな熱さがあるけど、コウイチへの憧れが強いが故にひねくれたところがあったり。目指すものは皆ひとつなのに、アプローチの仕方や、ショーの在り方に対する考えが違うからぶつかってしまう。誰もが情熱の裏に矛盾を抱えていて、ジャパネスクショーに向けてどんどんピリピリと膨れ上がっていく緊張感がとても迫力があった。
もちろん欠点がなければすれ違うことも、カンパニーがバラバラにならずに済んだのかもしれないけど、そこには「夢」だけじゃない「現実」が存在しているんだって感じがして私はすごく好きだった。欠点のない人なんていなければ、間違えない人もいない、そんな現実もきちんと描いてくれていて感情移入がしやすいなと思いました。
ショーは華やかで「夢」しかないのに、そのステージに立つ人たちはそれぞれ苦悩し「現実」と向き合い続けている。これに胸が熱くならないわけがない。
欠点もある完璧じゃない人たちが集まって、ひとつの完璧なショーを作ろうともがいている。その人間臭い部分が好きだからか、すれ違っていてもそれぞれがすごく魅力的に見えました。
もちろんそれがあの結果で良かったとは思わない。コウイチを失う前に気づけたら一番良かったけど。でもそれでも間違いながらそしてそれを背負いながら、一歩を踏み出していく残された人たちの強さもまた、こうならなければ見れなかったと思うと必然性を感じてしまう説得力があった。
正直、そもそもジャニーズの舞台は誰かを失ったり傷つけないと成立しないのかと毎回思ってしまうタチなんですけど…笑*2
でも、消えると分かりながらもステージに立ち続けたコウイチと、それを支え最期までそばにい続けたカンパニーにはグッとくるものがあって。
やっぱり命を懸けて舞台に立っているからこその刹那と、生のエネルギーが美しいなと思わずにはいられなかった。

最後に優馬くんについても。
ほんっっっっとにイキイキしてるなと思った。心からこのステージに憧れていて、楽しんでいるというのが伝わってきた。
なんかショーが大好きで、コウイチが大好きで、憧れていたオン・ブロードウェイという大きな舞台に立ったユウマと、ジャニーズのショーが大好きで、SHOCKが大好きで、憧れの帝国劇場に立ってる優馬くんとを重ねてしまって不思議な気持ちになった。
当たり前だけどそういう意味ではきっと、ユウマの気持ちが誰よりも一番理解できるのは優馬くんだろうなと思う。
私がカンパニーの中で一番感情移入したのもユウマでした。まあ優馬くんが好きだから当たり前だろうけど笑、でも焦りや闘争心、孤独、一番体に入りきらないくらいの感情を抱えて立っている人のような気がしたから。そういう意味では一番感情が伝わりやすく、何を考えているか分かりやすいキャラなのかもしれません。*3
コウイチへの憧れが強いからこそ反発してしまう、コウイチを超えたいからこそ違うアプローチで、と固執してしまう。確かにひねくれているけど、でもそれがユウマを動かすすべての原動力であること、行動の裏にすべてコウイチが関わっていること、そしてそのぜんぶが最期のあのショーで昇華されていくのがすごい物語だなと思った。
今まで散々コウイチにつっかかり、その場の感情だけでコウイチと向き合っていたユウマが、コウイチの死を受け止め最後にショーをしようと持ち掛ける。初めてコウイチのために動こうとする。自分のためだけにステージに立っていたユウマが、初めて誰かのためのステージに立つ。初めの方のひねくれたユウマを見てきたからこそ、何かを乗り越え自分の中にいるコウイチを認めたたユウマの成長にグッときてしまう。この流れはやっぱりニクいなあ。
中でも一番好きだったユウマは、やっぱり大好きなコウイチと立つ最後のステージの太鼓のショーでした。
太鼓に入る前に、一瞬だけ心を整えるように目を閉じて、短く息を吐いた優馬くんが目を開けた瞬間の闘志がすごかった。
後から指導者の方のSNSで100点だったとのつぶやきを見て、なぜか納得してしまいました。
あの優馬くんにものすごい気合いを感じたから。いや初めて見た奴が何言ってんだかもしれないし、いつもやってることなのかもしれないけど。
自分の中にあるエネルギーを根こそぎ消費してるみたいな無我夢中さと、力強いバチさばきがとても美しかったです。
そしてコウイチがラダーフライングしている時に、太鼓を叩きながらずっとコウイチを目で追い、最後の姿を必死に目に焼き付けているみたいなユウマもすごくよかった。
そうだよねどれだけぶつかり合っててもずっと一緒に生きてきたんだもんね、でもこれからはもうコウイチのいない世界で生きていかなきゃいけないんだもんね、とユウマの気持ちを汲み取ると切なくて。涙をこらえながらずっと上を見上げて今を焼き付けるユウマと、そして最期と分かりながらもいつもと変わらず華麗に舞うコウイチを見ていると、これはもうとんでもなく美しい物語だなと。

めまぐるしい感情と、焦燥感の中で生きるユウマを、とっても丁寧に演じているなと優馬くんを見ていて思いました。いつもそうだけど今回も、ユウマの内面を何度も何度も想像し、理解しようと歩み寄って作り上げたんだろうなと。無意識の中でユウマになっているような自然さがすごく良かったです。
なにより、優馬くんの今までの経験で培ったもの全部で挑んでいる姿が誇らしかった。
相変わらず感情によっていろいろな表情をする優馬くんから目が離せなかったし、些細な感情も伝わってくる細やかな演技は優馬くんが得たものが詰まっていた気がしました。
歌声もクロスハートの時よりのびやかにひろがっていたのが印象的で、こもりがちな声質も好きだったけど、帝国劇場にまっすぐのびていくような声も大好きでした。
やっぱり演技だけじゃなく、歌やダンスをする優馬くんを久しぶりに見れて嬉しかった。華やかなステージが似合う人だなあと改めて思いました。
でもSHOCKはまだまだ限界すらも超えた境地がありそうなので、優馬くんが限界を超える瞬間はもっともっと面白いんじゃないかとも思いました。
まだまだのびしろがあって期待できる余地があることは、喜ばしいことですしね。残りの公演も本当に頑張ってほしい。
とにかく、屋良くんのライバルも、内くんのライバルも見たことなければ、SHOCKすら初体験でしたが、ユウマのライバルはすごく熱くまっすぐに生きている男の子で私は大好きでした。
きっとあのユウマならこれから先もカンパニーを引き連れてずっとステージに立ち続けるだろうし、ひとりじゃないと気付いたユウマはこれからコウイチよりも強くなれると思いました。
ただ、こっから先はほんと水を差すことしか言わんけど、ユウマの罪重すぎるよな…あの罪を背負いながら生きていくの下手したら死んでしまったコウイチよりしんどい…
まあそれが何よりのステージに立ち続ける原動力になっていくんだろうけどね…さすが帝劇のユウマは背負う十字架の重さに定評があるだけあるわ…(誰も言ってない)
兄貴の後を継ぎ紀伊の国を任され、弟のために何もかも引き受けた上にフウマの想いを受け継ぎ、そしてコウイチへの罪を背負いながらショーを続けていく、改めて「ユウマ」の人生ハードモードすぎる。生まれ変わったら絶対幸せになってほしい。毎日幸せハッピー野郎になってほしい。


さて、生まれて初めてのSHOCK。優馬くんも言っていたけど、初めてのSHOCKは人生で一回だけ、それをなんとか優馬くんに捧げられて幸せでした。
途中、本当に不思議だった。
Endless SHOCKを見ているのか、ブロードウェイでコウイチのカンパニーのショーを見ているのか分からなくなる感覚。
ジャパネスクや、コウイチの最期のショーでは、本当にインペリアル・ガーデンシアターにいるんじゃないか、私は今インペリアル・ガーデンシアターで観客として拍手してるんじゃないかと何度も錯覚した。
目の前の世界と、劇中の世界を行ったり来たりするアトラクションのような臨場感のあるエンターテイメントでした。
これを1600回近く続けている堂本光一さんは本当に強靭なお方だなと改めて思います。そんな光一くんのそばでお仕事できた優馬くんが、また何を吸収したのか見れる日が楽しみです。
出続けることでまた得るものがある気がするので、願わくばまたユウマが見れたらいいな。勝手にEndless SHOCK2年生に進級できる日を夢見ています。
そしてなによりどうか、光一さんが満足のいくSHOCKをずっとずっと続けていけますように。そう願わずにはいられない、素晴らしいショーでした。
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*1:何かとお騒がせしましてすみません笑

*2:よく考えたら優馬くんが出てる帝劇舞台(革命、ドリボ、SHOCK)ぜんぶ誰かしら死んでるからね

*3:コウイチは言葉足らずで、想いを秘めているタイプだしね

君の名は希望〜中山優馬10000字インタビュー

心の底から、この人を好きでよかったと思った。
彼を担当にしている自分が、誇らしく思えた。
そして、このタイミングで読めて本当に良かった。*1
これから先、立ち止まったとき、優馬くんの背中が見えなくなったとき、
きっとこれをもう一度読めば優馬くんを見つけられる、そんな「地図」みたいなインタビューでした。
前の一万字の時もそうだったけど、ひとつひとつ答え合わせするような感覚で。
当たってるものもあれば、知らなかったこともあって。こういうのを確認する機会って改めてありがたいなとも思った。



■アイドルとして
今の優馬くんは俳優業に力を入れ、舞台や映画ドラマの仕事が多い中で、本人の口からきく「アイドル・中山優馬」の話は個人的に興味深いものがあった。
「求められていることは痛いほどわかってる、でも現状に一番ジレンマを感じているのは僕。」
相変わらず繕わないまっすぐで嘘のない言葉が並んでいてちょっと笑っちゃったけど、同じくらい嬉しかった。
優馬くんがしたいことをしてくれるのが一番なんだけど、アイドルの優馬くんも見たいっていうファンの気持ちも受け取ってくれていることが。
そしてそれを裏切る気はないし、コンサートもやりたい気持ちはあるって正直に言ったことには少し驚いた。
なんとなーくそれを感じてはいた時期もあったけど、優馬くんは言わないタイプかなと思っていたから。最近は感じなかったけど笑。
言わない美学的な古風なところあるし、内に秘めるタイプだと思うので今回のこのインタビューは相当腹割ってプライド捨てて話してるなって印象。
だってあまりにも俳優を中心にやりたいって言うもんだから、私はアイドル活動にもう未練はないものだって思い始めてたよ(笑)
でも、優馬くんの考えていることは分かる。私もそう思う。
まずは役者として認められてから。それはもちろん優馬くんが演技が好きだからっていうのが一番の理由だけど、それに付随して役者として活躍することで出来ることが格段と増えることを考えているんだろうな。その出来ることに、もちろんアイドル活動は含まれていると思う。
まずは中山優馬という存在を知ってもらってから、アイドルとして活動できる機会も与えてもらえるように。
一番好きなことをしながら、知名度も上げた結果またコンサートやアイドル活動もしようってすごく貪欲だなあとも思うけど、これが今の優馬くんに出来るいちばんベストな形だと思っている。
ジャニーズ事務所に所属していたら普通逆なんだけど、事務所では珍しいソロ活動をしている優馬くんにとっては、一番効率的で現実的。
ひとりで全部の役割を担ってアイドル活動をして知名度を上げるより、基本ひとりでするお芝居の仕事で知名度を上げる方がソロにとってはコスパがいいよね。
しかも役者として認められるという、優馬くんにとっての一番のステータスも叶えられるし、考えようによっては一石二鳥なのかもしれない。
めちゃくちゃ現実的な話だけど笑。きっと優馬くんはそういうことも考えて今の形をとってるんだと思った。
本当に賢い人だと思う。前回のインタビューから3年、確実にひとりで生きていく術を身につけている強かさにとても安心した。
だから、優馬くんがいつか。またアイドルとして私たちの前に立った時は、頑張ったね、良かったね、嬉しいよって全力で言葉にして、楽しめる人でありたい。
そんな日を、何年でも何十年でも待っていたいと思う。



■山田涼介くんについて
これは、相当腹を割って正直に話していると思った。さっきも言ったけど、古風な言わない美学みたいなものを持ってる人だと思ってて、内に秘めているネガティブな感情だったりはあまり知られたくない人な気がしていたから、だいぶさらけ出してるなって。
特に印象的だったのは、北斗の瀧本監督から掛けられた言葉のエピソード。
山田くんには「中山、よかったぞ」で、僕には「山田だったら、もっと想像を超えた芝居をしてくる」僕への言葉の方が重たい。
ここをくらべられるなんてすごいなあと単純に思った。あんなに過酷な撮影のことだったのに、褒められて喜ぶよりももっと先を見据えている。
きっとそれくらい優馬くんにとって山田くんは絶対的な存在なんだろうなと改めて思った。
そんな山田くんだって、優馬くんのことメンバー以外で唯一認めてる同世代だと雑誌で言っていたし、優馬くんが思ってるより認めてはいると思うんだけど、決して山田くんの言葉に驕らないのが優馬くんらしいなあ。
山田くんの言葉だけで判断せず、冷静に自分の状況と山田くんの状況を比べて、足りない部分を連ねられるのは本当に優馬くんの強みだと思います。
私、前に山田くんは優馬くんにとっては焦りもなくひたすらに憧れられる存在なんだろうなってどこかに書いたことあるけど、全然違った。
超えられない絶対的な憧れとしてみてるんじゃなくて、きちんと隣に並びたい、と自分と山田くんを同じ次元に置いてるんだと知って、勝手に優馬くんの可能性を決めつけていた以前の私を殴りたくなった。
と同時に、遠い存在じゃなくちゃんと現実として見ているということが知れて嬉しくて嬉しくて、余計に共演してくれる未来が楽しみになった。
きっと簡単じゃないと思う。すぐでもない。でもいつか。優馬くんなら絶対、山田くんと対等に渡り合って画面の中で生きてる未来が掴めると思う。
その日まで山田くんも立ち止まっていないと思うから、今から全速力で追いかけようね。




ジャニーズWESTについて
一番これが私にとって重症な問題です。でも、このインタビューでまた少しだけ浄化された気がした。
「一緒に歌ってる夢を見ることもある。でも僕が知らない曲で歌詞が分からなくて立ち尽くしてしまう。」
っていう話は、正直胸が痛くて仕方なかった。
やっぱり関西なんだなあって。優馬くんにとって「ジャニーズWEST」はひとつの選択肢だったんだなあって愕然とした。
それはもちろん、優馬くんもジャニーズWESTも大好きだからで。ありえたかもしれない未来にいないことがやっぱり少し悲しかった。
もうデビューして4年も経つし、いい加減割り切ったつもりだったし、今に不満があるわけでもない。
自分なりに、ジャニーズWESTとは一定の距離を保って必要以上に入り込まないことで精神衛生を保っていたりもしてるつもりだし。
でもこうやって聞くと理屈じゃない気持ちが沸き上がってきて、ちょっと言葉にならなかった。
私はこういうのジャニーズWESTシンドロームって勝手に読んでるんですけど笑、ちゃんと距離を保っていただけに久々に発症した気がした。
だけど、この未来を選ばなかった優馬くん本人だってそんな夢を見るくらいだから、いっぱい後悔したり、不安になったりしてるんだと思うと、少しだけ申し訳ないけど、ホッとした。
私のこの気持ちも認めてくれた気がして、そう思っててもいいんだよって優馬くんが受け入れてくれた気がして、スッとした。
そして、そんな優馬くんのことバカだなあっても思うけど、同じくらい愛しいなあとも思う。
どこまでも優しくて気を遣う人だから、実質頑張ってる人を後ろにしてデビューする未来を「選べなかった」自分もいたんだろう。もっと図々しくてもしぶとくてもいいのに、そういうところは強くなれない優馬くんのことが好きだ。つくづく実直で不器用な人だなあと愛しくなる。
だからこそ「この道を選んだことで失ったものと同じだけ、ちゃんと手に入れたものがある」って言葉には救われた。
私はそれを知ってる。ずっと優馬くんを見てきたからこそ、ちゃんと今の道でしか手に入れられないものを着実につかんできた優馬くんを知ってる。
だからかな、前より辛くないのは。今の道も良いことがたくさんあるって優馬くんが証明してきてくれたから。前よりずっと楽だ。
今はもう、正直にいうとジャニーズWEST優馬くんがいる姿が想像できない。きっとあの夢を見る優馬くんと一緒だ。
ジャニーズWESTにいる優馬くんに焦がれているけど、でも全然想像できない。それが答えなんだなって思ってる。
それより今は、
「この道を歩んだことを、胸を張れるようになりたい。だからこっちの道が正解だってことを、これからの人生を賭けて証明しようと思います。」
って言える優馬くんのことを、見ていたいと思う。優馬くんの選んだ未来の方の想像を膨らませたいと思う。だってこんなこと言われたら振り向かずついていくしかない。
きっと心配しなくても、優馬くんは絶対証明してくれるしね。


優馬くんについて
改めて信頼のできる人だと思った。アイドルとして、人として、価値のある人だと思った。どんな質問にもまっすぐ真摯に答えてくれた優馬くんに、私たちファンへの礼儀を感じた。
普段、自分のこともあまり話さないし、まして思っていることは沸々と溜めている人だけど、こういう機会があると包み隠さず全部伝えてくれるのはいつもズルいなあ、好きになるしかないじゃん…って思うんだけど、やっぱり嬉しい。
でもずっと変わらないんだよね。ずっと前からこんな人。読みながら相変わらずだなとも思いました。
ずっと賢くて冷静で、でも変なとこ不器用で(笑)そういうアイドルらしくない人間臭さも好きでした。
でも今回は特に誰よりも自分の状況を理解して、客観視していて、自分の立場をきちんと見極めてるなあっていうのが印象的でした。
「くらべる人を選べ」なんて、華やかな世界に身を置く若者の言葉とは思えない達観ぶり(笑)
あと一番ビックリしたのが「自分の可能性を捨てたくない。自分自身に期待してるんで。」って言ったときにその自信の根幹を聞かれて「ひとつは社長が選んでくれたということ」と答えた優馬くん。めちゃくちゃ強くなったなあと思った。
かつて社長のスぺオキと言われ、いろんな場面で真ん中に立たされた経験を「社長に選ばれた」と自信にしていることに。あんなに目立つ状況を望んでない、控えめそうな雰囲気が伝わる子だったのに、今ではそれを自信にし「選ばれた人」であることを受け入れていることに。そして、そこからエネルギーをもらっていることに。
こうなったらもう、何も言えない。ジャニーさんにありがとうございますって感謝するしかない。*2
でもこうやって、きちんと自分のモチベーションを落とさず、前向きなテンションを保てることってすごく大事なことだと思うんです。これは芸能界でとか芸能人だからってことではなく、人間が生きてく上でのスキルとしてもすごく重要なことでもある気がする。優馬くんってたぶんQOLめちゃくちゃ保たれてるよね。
そういう現実をきちんと生きてるところもすごく信頼できる要素のひとつで、この人は絶対壊れたりしないっていう安心感があって、一人の人として見習うべきことがたくさんあるなあとも思いました。


最後に、このブログのタイトル「君の名は希望」っていうんですけどね。
乃木坂46の曲名からとったんですけど、この曲すごく好きで、まさに優馬くんは私にとって「希望」だからピッタリだと思って。
そしたら今回優馬くんから答えが返ってきて、すごく嬉しかったんです。
「ついてきてくれるあなたがいることが、また僕がキラキラに戻れる希望でもあるんです」
ああ、私も「希望」だったんだなあって。優馬くんの「希望」になれてるんだなあって泣きそうになった。
そして、キラキラに戻れる「希望」であり続けたいなあとも。
優馬くんが私の希望でいてくれる限り、私も優馬くんの希望であり続けたい。図々しくても、おこがましくても、その未来に連れて行ってあげられるのは自分だと思いたい。
優馬くんがくれた希望の数だけ、今度は私が。そう、思っています。
もちろん一人じゃ何もできないし、私は弱いヲタクなので今少し立ち止まっている状況ですが、優馬くんを好きだと思う気持ちだけは本当に何も変わらないので、どんな状況になっても環境にいても、純粋に優馬くんだけは見つめていられるようになりたいです。
少しペースダウンはするかもしれない。並走はできないかもしれない。色々なことについていけなくて、疲れることもある。
でもそれでも、優馬くんが答えてくれたこのインタビューがあれば、この「地図」があれば、見失っても、立ち止まってもまた見つけられる、そんな気がします。
そんな素敵な地図をありがとう。だいすきです。
優馬くんの未来に「希望」があり続けますように!!!!!!絶対絶対絶対絶対幸せであり続けますように!!!!!
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*1:詳しくは一つ前のエントリーに書いてます。あまり読むことはおススメしませんけど笑

*2:振り回したくせになんて死んでも言えない笑

10年目の優馬担が今思うこと

中山優馬くん、24歳のお誕生日おめでとうございました。

ドラマ「バッテリー」で初めて優馬くんを見て、強烈な存在感に惹かれてから10年。
あのとき14歳の中学生だった優馬くんも、もう24歳。その10年間も、私は脇目も振らずに優馬担を続けていた。
10年って長いようであっという間で、でも一度も気持ちが途切れることがないまま一緒に歩いてこれた気がしている。
色んなことがあったけど、ひとつひとつ確実にこの世界に形を残していく優馬くんを応援することは楽しかった。優馬くんが着実に成長してることが手に取るように分かるのが嬉しかった。

でも少し。欲張りになってたのかもしれないなあと思って。
個人的な事なんですが、高校生までは現場に行かずにテレビやDVDでしか応援していなかったので、大学生になって関西に住むようになってから、行き始めた現場が楽しくて楽しくて。大学生になってから決まった現場は、ぜんぶ足を運んでいた。
それがすごくすごく特別なこと、すごくすごく恵まれていること、分かってたつもりだったし、忘れるわけないと思ってた。
だけど。いつからか現場に行くことが当たり前になって、行けない現場があることが考えられなくなっていた。
今回、SHOCKが1枚も当たらなかったことでそのことに気づきました。
現場に行けるって本当にありがたくて貴重なことなんだって改めて感じた10年目の始まりだった。
そんなわけで、2016年から心待ちにしていた「曇天に笑う」の完成披露試写会にも、優馬くんが憧れ続け、やっと出演の夢を叶えたSHOCKにもお呼ばれせず、なんとも言えない10年目の始まりを迎えてるわけなのですが。

いつもなら。前のわたしなら。
もしかしたらしょうがない、こういう時もあると踏ん切りを付けられたのかもしれない。
でも「曇天に笑う」も「SHOCK」も本当に楽しみにしてた仕事だから、何にも行けないと思ったら謎の倦怠感に襲われ、しかもSHOCKのチケットでさえ定価で取引されていないという環境を知り、さらにそれが新規の人達だと思われているような素振りもあって、なんだかもう「どうでもいい」と思い始めてしまったら最後でした。
あんなに行きたかったSHOCKなのに、何も見たくなくなってしまった。
急に馬鹿らしくなってしまった。
小さいことかもしれないし、その時の私の心が弱かっただけかもしれない。
でも公式に決められた価値をねじ曲げて交換や譲りに出されるチケットを見てると、行きたい人が行けない現実に疲れてしまったり、それに関してはSHOCK自体も、優馬くん自体も何も悪くないのにもうその事柄さえも嫌になってしまう。
しょうがない、ただ私に運がなかっただけ、そう割り切れたら楽なのに、どうしてもそう思えない自分がいて。
なんかもう、色々と疲れてしまった。
ほかの人から見たらそんな事でと思ってしまう事かもしれないけど。いや、だって私もビックリしたし、こんなにモチベーションが下がると思ってなかった。
そんな現実があることも嫌という程知っていたし、なんなら優馬くんの現場に行けない事には慣れていたはずだったから。
でも、そう思い始めたらもうどうしようもなかった。

正直に言うと、今もモチベーションは回復していません。
何も考えたくない。SHOCKにはもちろん行ってみたいけど、チケットを探すのが億劫でしょうがない。
曇天に笑うは試写会にはいけなくても、かろうじて映画は見れるので楽しみだけど、でもまだムビチケすら買ってない。
4月にあるオペラは、もはや義務のように申し込みをしたけど、東京まで行かなきゃいけないんだとかいろいろ考えると、心のどこかで当たったらどうしようと思う自分がいて。
そして実際にチケットが当たったときは、マジで当たっちゃった…とちょっと複雑だった。重い体を引きずってなんとかギリギリで振り込みをしたときはとんでもない虚無感があって、なんかもう悲しくなった。
もうここまでくるとどうしたらモチベーションが上がるのかすらわからない。完全に迷子です。
この状態に自分が一番びっくりしてる。
今まで10年間、優馬担をしていてこんなことなかったから。こんなに疲れたと思うことも、楽しくないと思うことも初めてだから。
同時に今までが恵まれていたんだなって。10年間ずっと楽しませてくれた優馬くんってすごいなって、もうようくわからないこと考え始めたりして(苦笑)
この10年間ずっと変わらないテンションで好きだったし、なんなら年々優馬くんのこと好きだなって思えていた。
でもたぶん今、ずっと同じ場所で立ち止まっている。優馬担をしていて初めて、前が見えなくて戸惑っている。
こんなことってあるんだなって。こんな未来ぜんっぜん想像してなかったな、ってちょっと呆然としてるなう。
今までがめちゃくちゃ楽しいヲタクライフを送れていた分、こんなスピードで急に何もかも楽しくなくなったら、もはや怖いよ。

でもね。これからどうしようか考えたとき。
10年もね、優馬担してたらさ、もはやアイデンティティーになってしまってるわけですよ。優馬くんを応援することは私を構成する一部になっちゃってるわけですよ。
そりゃ10年も続けりゃそうなるよね。
だからね、怖いんですよ。そのアイデンティティーを失うことが。
優馬くんを応援しない自分って想像ができない。こんなに疲れてるしめんどくさいとも思ってるのに、優馬くんがいない生活が考えられない。
でも今優馬くんをみても何も思わない。もうね、延々ループですよ。何にも解決しない。
ただこうやって考えてみると、私にとって優馬くんって相当大きい存在なんだなって。なんかもうたぶん好きすぎて、好きだってことを忘れている。
好きなことが当たり前すぎてどこか好きとか何が好きとかすっ飛ばしていて、もはや好きとか嫌いとかいう次元じゃない。
だからね、何が悲しいって今こんな状態になっているのが優馬くんのせいじゃないっていうことが一番悲しい。
優馬くん自体に何か嫌なところがあったわけでもない。スキャンダルがあったわけでも、逮捕されたわけでもない、なんの問題もない。
ただ自分の問題で嫌になってるだけなのに、いつもなら大したことない、しょーもないって笑い飛ばせてることかもしれないのに。
今だって優馬くんは世界で一番カッコいいし、宇宙で一番素敵だと思ってる。
なのに、どうしてもあがらないモチベーションと自分にイライラしたりして。
何をどうしたらいいのか、どうすれば一番いいのか何も見つけられなくて、もはや優馬くん自体に興味がなくなったら楽なのにっていうたぶん究極のところにたどり着いたりして。
ええ、きっと今優馬担の中で一番精神状態がよくないのは私です(笑)
なんでこうなってるのか自分でもよくわからない。自分でも自分のことがわかりません。
もうわからな過ぎて、えーい!考えるのやーめた!って逃げてるのが今の状況です。
いやいやヲタクなんてたかが趣味だしと思う自分と、いいやされど趣味だしヲタクの10年舐めんなよって思う自分が交互にいます。
からの優馬くんに会えばなにか分かるかな、現場に行けば戻れるかもしれない、いやそもそもチケットないやーん!を永遠に繰り返しています。一人コント。

ここからは完全に余談なんだけど、自分でも怖いのがさ、ヲタクしぶといなって思うのがさ、そんな中でも違う趣味を見つけちゃうことで。
ただいまヲタクに疲れていたところを笑わせてくれた、若手芸人にドハマりしてよしもと漫才劇場に通い詰めてます。ちなみにミキっていうコンビです。
怖い。めっっっっっちゃ怖ない????自分のしぶとさとしたたかさに、もはや笑ってしまう。
でも何も考えたくない、しんどいなーって思ってた時に何も考えずに笑える時間があるのってめちゃくちゃ落ち着くねん…。
そっから芋づる方式で好きな芸人さんが増えて、気づいたら手元にチケットがあるんです…。
トット、和牛、アキナ、アインシュタインさや香霜降り明星銀シャリ…気づいたら動画サイトで勝手にネタ再生しだしてるんです。
そして好きになる人たちみんな見事に大阪の芸人だから、生で見たいと思ったらサクッと劇場に行けることを知ったらもう最後なんです。
こういう自分のミーハーさと無駄に行動派なところもっと違うところで活かせたらいいのになって本気で思ってる。
気づいたら少クラの毎週録画を辞め、Mステの毎週録画も辞め、バツウケテイナーを録画しはじめ、M-1の敗者復活と本戦を毎日の様に見返す日々なんです。年末なんてネタ見せ番組とバラエティーが死ぬほどいっぱいあってHDDパンパンだった。
今年何年かぶりにクリスマス前のMステも、紅白歌合戦も見なかった。なんならジャニーズカウントダウンもほとんど見なかった。いや〜見なくても生きていけるもんだなあってこういう時に気づくよね。

まあこんな感じで、今はこうやって違うことに労力を使う生活を送ってるわけなんですけども。これが一番楽しい。
何も考えたくないし、考えても答えが出ないし、時間が解決することもあるかもしれないなってぼんやり考えてたりします。
もしかしたら3日後にはケロっと優馬担してるかもしれないし、結局距離を置く事になるかもしれない。
なんであんなしょーもないことで悩んでたんだろうって我に返るかもしれないし、芸人の方が面白い!!!!ってなるかもしれない。
もうそれは神のみぞ知るです。ただひとつ言えるのはSHOCKだけはいかないと絶対後悔するぞ、っていう気持ちだけはある。
一緒にずっと優馬くんを見守ってきた母には帝国劇場でライバル役する優馬くんを見せてあげたい気持ちだけはめっちゃある。
だから億劫な気持ち振り切ってチケット探すこともあるかもしれない。これだけは義務だと思い込んで、考えるな燃えろ!って腰をあげるかもしれない。
きっとそうやって頑張って探して、SHOCKの優馬くんを見たら、すぐに正気に戻ると思う。それは分かってんねん。
それが一番の近道ってことはなんとなくわかってんねん。それでやっぱり優馬くんやな~!でチャンチャンのオチが一番手っ取り早いことは分かってんねん。
ただ……!!!!!チケットを探すのがめんどくさい!!この葛藤と闘わなければならない!!
でもまだ曇天なら希望があるかもしれない。片っ端から応募したらひとつだけでも当たらないかな…それで福士くんと並んでる優馬くんみたら一発で幸せになんねん。分かってんねん。
ただ……!!!!!当たる確率が低い!!私は今年末吉を引いた!!
だからもうどうなるかわかりません。もうそれでいいかなって思ってる。
どうにかなる。どうにでもなれ。そんな感じです。
SHOCKのチケット空から降ってこないかなァ~~~。
曇天の試写会のチケット住所間違えて送られてこないかなァ~~~。
そんな感じです。

ヲタクなんて本気でするもんじゃないなーってこうなって改めてめっちゃ思います。これを機にいい距離感とか、自分の気持ちに蹴りを付ける方法とかを見つけたいなとも思う。
そういう意味ではいい機会なのかもしれません。
まあ、どう転がっても優馬くんのことは大好きです。細々と続けることになっても、距離を置いて若手芸人の沼にズブズブハマることになっても、どうなっても優馬くんのことが好きな気持ちは変わりません。
もういまはそれだけで十分。私が辞めようが続けようが、優馬くんは立派にライバルをやり遂げるだろうし、これからもドラマや映画や舞台で活躍するだろう。それが私の大好きな優馬くんだし。
とにかくどうなっても、優馬くんにはキラキラしてまぶしい未来が待ってることだけは願い続けます。
ついでに私も。
ちゃっかり優馬担やり続けて、このブログ読み返したときこんなことあったわーって笑い話に出来てることを願います。

夢の舞台「Endless SHOCK」

優馬くんにしては、珍しく報告があるから待っててねと告知をしていたから相当なお仕事だろうとは思っていた。
蓋を開けてみれば、納得しちゃうお報せで。
というわけで改めて優馬くん、
「Endless SHOCK」出演おめでとうございます。
ずっと欠かさず足を運び、DVDも買い、座長に出演を懇願していた優馬くんにこんな現実が待ってるなんてなあ。
制作発表のあんなに嬉しそうにキラキラした顔の優馬くんを見たら、良かったね以外の感情が芽生えてこない。大丈夫かなあとか心配とかぜんぶ置き去りにして、良かったねが先に来るお仕事なんて幸せだよね。
ずっといつかライバル役が見てみたいなとは思っていたけど、長い間屋良くんと内くんが務めていたし、イメージが固定されているのもあって、難しいのかなと夢物語みたいに思っていた。
だからいざこの日を迎えると、本当に信じられないようなフワフワした気持ちだった。

正直、不安や心配がないといえば嘘になる。
Endless SHOCKと言ったら、ジャニーズ舞台の金字塔でもあり、ストイックにエンターテイメントを突き詰めた作品だと誰もが認めている。
そんな作品に携わるだけでなく、ライバル役という大事なポジションを務めるのは簡単なことではない。
きっと想像を超えた大変さがあるし、出たい出たいと言っていた時とは違う現実があると思う。
しかも今までライバルを務めてきた屋良くんと内くんは、長い間ライバル役をしていた分、安定したものがあるだろう。それを踏まえた上でステージに立つことを考えると、優馬くんにかかるプレッシャーは計り知れない。
そういうことを言い出したら本当にキリがないくらいたくさんある。

でも、2017年の優馬くんは、主演舞台を二つこなし、海老蔵さんと共演した舞台で歌舞伎に挑戦し、大竹しのぶさんとも共演している。そんな大きな舞台で俳優として経験とスキルを積んで、着実にステップアップしてきた優馬くんを見てるから、不安ももちろんあったけど、同じくらい優馬くんならやってくれるんじゃないかっていう期待もあって。
このために今年こんなにたくさんの舞台に出演したんじゃないかとすら思えてきた。
さっきは信じられないような、フワフワした気持ちだって言ったけど、同じくらいワクワクして見たことのない新しい優馬くんを、ライバルを、見せてくれるっていう確信も持っていた。
それは、優馬くんが今までのことをひとつも無駄にしない人だって知ってるから。今までの優馬くんが表現してきたものに物足りなさや不満を感じたことは一回もないし、行って後悔した現場もないから。
これだけは自信を持って言える。
否定的な声もあるだろうし、不満な人もいるだろう。
それでも少なくとも私は、優馬くんを信頼している。
それは全部、今までの優馬くんが積み上げてきた信頼だ。
ファンなんだから当たり前だと言われればそれまでなんだけど、それでもそう信じている。

だから、優馬くんが見せてくれる新しい世界が楽しみです。
優馬くんの初Endless SHOCK。そして私にとっても初SHOCK。
優馬くんがくれた、ジャニオタなら1度は見ておくべき舞台「Endless SHOCK」を見るチャンスを、この際だから全力で楽しみたいと思います。
(だからチケットください。神様、おねがいします。)

あなたは何処でも行ける あなたは何にでもなれる

ミュージカル「にんじん」を観ました。
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物語は、
とあるフランスの片田舎にある、小さな村の家族のお話。
「ルピック家」は少し変わっている。
傲慢でヒステリックな母親と、家庭に無関心の父親
そして可愛がられて育った長女のエルネスティーヌと、甘やかされて育った長男のフェリックス、末っ子でひねくれたフランソワの5人家族。
でも、フランソワだけ少し違う。真っ赤な髪で、そばかすだらけの子ども。みんなから「にんじん」と呼ばれ、蔑まれている可哀想な子ども。
母親もにんじんにだけは厳しくし、辛く当たります。
フェリックスはそれを冷やかし、エルネスティーヌは同情するだけ、父親も見て見ぬ振りです。
普通なら、楽しいひと時である夕食の一家団欒も、どこかピリピリしていてまったく楽しそうではありません。
そんないびつな「ルピック家」のおはなし。

といった感じ。

でも実は、私は観ていてルピック家のことを理解できないとは思わなかった。
確かに「愛情」は他の家庭より欠落しているし、そのほんの少しの愛情もみんなそれぞれ表に出すのが下手くそだ。
ルピック夫人は自分に似ているにんじんのことを理解しながらも傷付けてしまうし、にんじんも人の嫌がる悪戯で気を引こうとしているし、エルネスティーヌも実はよく家族のことを見ているのに何も言わずに息をひそめているし、フェリックスは誰よりも人の気持ちに敏いから、自分より愛されているにんじんに不満をぶつけ発散しているし、ルピックさんだって愛したいと思っているのに戦争に負け名前だけを背負ったことを窮屈に思っているし、ひとりひとりに確かに「愛情」に対する気持ちが存在するのに、誰一人それを言葉にしたり行動に移したりしない。
きっと彼らにとっては、それは悲しいことで悲劇なのだろうけど、見ている側からするとそれは少し滑稽で、全然交差しない愛情にちょっと笑えたりする。
「普通に好きだよって言えばいいのに」「抱きしめればいいだけなのに」と、どうして簡単なことが出来ないんだ、何に悩んでいるんだって思えたりもする。
でも、家族ってこういうところあるよなと思った。
どんな家庭にも、こういう「歪み」だったりが存在するし「不器用さ」とか「弱さ」があると思う。
そういう家族の問題って、端からみると簡単なことだったり、笑い飛ばせることだったりするし、逆にものすごく重かったり、難しかったりもする。
本人達にしか苦しみや悲しみは分からないし、家族の数だけそれぞれの幸せや悲劇がある。
そしてそれは本人たち同士でしか分かり会えない、他人には理解できない不可侵のものでもある。
ただどこも同じなのは、「家族」って楽しくて幸せな空間だけじゃなくて、どこの家庭でも誰でも憂鬱で辛い時があるってことで。
そういう意味でもルピック家は、一見いびつだけど実はすごく普遍的な家族の姿を映し出しているような気がして、なんだか他人事のように思えませんでした。
それと、家族の在り方って本人達の問題だけではなく、時代だったり風習だったり、地域との繋がりからも形成されるものでもあるなと、敗戦国であるという精神的屈辱を背負っていることや、落ちぶれたルピック家と裏で言われてる事や、にんじんが自殺することを嫌がり世間体を気にする父親を見て思った。

また、子どもには罪はないよなあと改めて思いもしました。
きっと「ルピック家」のような家庭って割とよくあって、同じような家庭で育った子もいっぱいいるだろうと思う。
でもにんじん(子ども)にとっては、その家庭が「世界のすべて」で。そこから必要とされなければ「僕はいらない」「世界中でひとりぼっちの寂しい僕」だと思ってしまう。家族からの愛だけがすべてではないのに。アンリやマチルドからも愛されているのに。
子どもにとっては「僕だけ扱いが違う」という事実しか読み取れなくて、その奥にある愛情にまで幼い思考ではたどり着けない。
だからひねくれたり、意地汚くはしゃいでみたりする。
そしてこんな世界に嘆いて、バケツに顔を突っ込んだり、ロープに首をかけようとしたり…。
そんなにんじんを見てると、子どもの狭くて小さな世界は、大人が簡単に支配出来てしまうものなんだなあと思った。
そこがすごく残酷で現実的で、強欲な「大人」って嫌だなあと思った物語でもありました。
でもいつかきっと、もっと大きくなって世界が広がったらにんじんは気づく。僕と同じような子もいたんだ、あの時もひとりじゃなかったんだ、って。世界は意外とひとりぼっちになんてしないんだと。
はやくそういう時が来ればいいのになと思いました。
「昨日までの独りじゃない、自分で選んだ独りなんだ」と歌いながら寄宿舎に帰ったにんじんだったら、きっとすぐに気づくと思っています。

この物語はこうやって、子どもの目線で描かれた世界なのだろうと思うのですが、もしかしたら見る人の立場で全然印象が変わるのかもしれません。
私自身は20歳をやっと超えたばかりなのですが、やはりまだにんじんやフェリックスの気持ちが分かるし、同じ目線に立ってしまう時が多かったです。
でも歪んだ家庭に生まれ、意地悪されながらも、ひとりであることを乗り越えそして受け入れて強く歩き出したにんじんのことは、もしかしたらこどもの方がよっぽど大人より生きる力の備わった強い人なのかもしれないと羨ましく思う時もあって。きっと私はまだ大人になりきれてないんだなあと気付いたりもしました。

にしても原作は百年以上も昔のものなのに、鮮度がすごい。
今もこういう家庭がどこかに必ずあるし、同じ思いをしている子どもたちも必ずいて。
舞台になっている戦後間もないフランスから、国も時代も超えて今の日本の空虚さにビシビシ寄り添ってくるのが切なくもあり、めちゃくちゃ刺さるお話だったなあ。
なんだか、北斗くんを思い出してしまいました。

そんな北斗くんから、今度は傷付ける側にまわったフェリックスについても。
どうしても優馬くんが演じているから、愛しく感じてしまいます。
ルピック夫人じゃないけど、デロデロに甘い目で見てしまう。
でも。そうにしても、クッッッソしょーーーもない奴だったな(笑)
中身のない、空っぽのクズでした。
正直、初めのうちはあんまり好きじゃなかった。
厳密にいうと、クズのキャラクターがとかではなくて、優馬くんの演技があまり好みではありませんでした。
だってずっと浮いてたから。ひとりではしゃいで、空元気で。
上辺だけをなぞってるみたいな薄っぺらい演技で、好きじゃないというか、まったく入ってこない。温度を感じない。
たまにする、空っぽの冷めた眼や、片方の口角だけをあげて笑う馬鹿にした顔は少しだけひっかかったけど、それ以外はほとんどフワフワ浮いたまま、あまりフェリックスを掴めずにいました。
でも中盤のシーンで、にんじんのアゴを掴みながら「お前その自分だけ除け者でいじめられてるって面やめな。母さんはお前しか見てないんだから。」と睨んで吐き捨てたフェリックスに人間臭さを感じて、初めて地に足のついたフェリックスを見た気がしました。
そして畳みかけるように一番最後のシーン。ルピック家の全財産をもってパリへ行く!と決め「骨になるまで踊ってろ!二度と帰らない!このくそったれの村!!!!!!!」と叫んだフェリックスの大人びた、でも泣きそうな表情にハッとさせられた。
これが本当のフェリックスだったんだ。
ずっと、あの冷めた眼と呆れた顔したフェリックスが引っかかったのはそういうことだったんだ、と。
あの家の中でフェリックスは「こども」であることで自分を守り、「かわいい息子」になることで愛をもらおうと必死だったんだ、と。
だからにんじんがいじめられてるときに、あんなに冷めた眼をしていたんだと全てが繋がった気がした。
本当は僕も愛してくれと叫びたかったのかもしれない。
だけどこっちを向きもしないルピック夫人に呆れていたのかもしれない。
そう気づくと、とんでもなく愛おしくて。
今までのフェリックスの行動がひとつひとつ浮かんできた。
私はずっと、この母親がフェリックスをこんなにも甘やかし優しく育ててきたのは「自己満足」なんだろうなと思っていた。にんじんにひどいことをしている分フェリックスには母親らしいことをしている、それでバランスを保とうとしていたんだと思うし、そしてフェリックスも自分がかけた愛情の分を返してくれる、そういう満足感を得るための行為なんじゃないかなって。
きっとフェリックスも薄々気づいていたんじゃないかと思う。
だから最後「フェリックス!私のかわいいフェリックス!!!!ああ……!!!!」と叫ぶ母親を残して去ったのは、母親のエゴからの解放で、フェリックスが自由になったことの表れなんじゃないかと。
そしてどこか泣きそうな顔をしていたのは、自由になったと同時に手に入れた「自立」という現実に対する不安なんじゃないかと思いました。
最後の最後まで弱さを残していくのが、とっても世間知らずのおぼっちゃまという感じがしたなあ(苦笑)
こういうのぜんぶ考えていてやってるんだとしたら、優馬くんすごいなあってゾクリとした。
あまり大きな展開のない、些細な日常の中で進んでいく物語のなかでもフェリックスの小さな成長と、変化が見れて、すごく繊細に演じているなあと思いました。
あの浮ついたフェリックスと、最後の「くそったれの村!!!!」て吐いたフェリックスの対比が最高で、すごく気持ちよかった。
最後のフェリックスが一番人間らしくて、好きでした。
まあ、今までの育ち方見てるとパリでの生活も目に見えてるし、場所が変わっても大した変化はないのかもしれないけど笑、それでも自分の足で立って、家族から自立したのはフェリックスで、その大人への第一歩だけは、高揚感に満ちた瞬間だったなあと思うわけです。
だからどうかフェリックスに少しでも多くの幸運が訪れますように…!

そして結末についても。
あれだけ5人でルピック家での日々を繰返しながらも結局、嫁いでいったエルネスティーヌや、パリへ行くと家を出たフェリックス、そして自分で選んだ独りだと寄宿舎に帰ったにんじんも、家族から自立し始めていて、いつの日も初めに家族から自立するのは「こども」なんだろうなあと思いました。
もしかしたらあの家に残されたルピックさんとルピック夫人が、一番行き場がなくて閉塞してるかもしれない。
こどもにはこれから変われる膨大な時間があるし、果てしない未来があるけど、今まで変わらずここまで生きてきた大人には、孤独という現実が付きまとう。
実はひとりぼっちなのはルピックさんと夫人の方だった。
そんな、一種の哀愁も感じさせるラストだったなあと思います。

物語全体的には、大きな展開があるわけではなく、あくまでもルピック家で繰り返される日々の中での些細な出来事をメインに進んでいて、それがすごく「家族の物語」って感じがしました。
毎日大それたことのある家庭の方が珍しいし、大きく変わっていく家族もそんなに多くない。それがこの物語の些細な日常に表れ、そして大きな変化もなくそれぞれがバラバラになったルピック家に表れていたように思います。
さらに、きっと5人は根本的には変わらない、ずっと「ルピック家」という性質を持ったまま生きていく、そんな一種の呪いみたいなものも感じました。
良くも悪くも「家族」ってそういう縛りみたいなものだと思うんです。どこにいても離れていても、同じ呪いにかけられた集まり。私は物語の結末にそんな未来も感じました。

フェリックスは、今までの優馬くんの舞台の中で一番人間らしいかもしれない。
ドリアンや淳一先生のように華のある選ばれた人でもなければ、十兵衛のように重い宿命を背負っている人でもないし、セザールや悟のように壮大な運命を懸けている人でもない。
どこかの家にいる、ちょっとわがままで傍若無人な普通の男の子。
でも単純そうに見えて複雑なコンプレックスを抱えたとっても人間臭い、良い意味で親近感の沸く役だった。
また新しい優馬くんの演技を見れて面白かったです。
さっきあんなに真面目にフェリックスについて語ってたけど、見てる最中は、辟易してるみたいな冷めた目と、呆れた様に笑う表情が大好きなやつで、優馬くんの蔑んでいる演技最高だな……と思いながら見てました(急にド変態)
例えていうと、勝手に部屋に入った須賀ちゃんを押し倒してるときの成海くんです(みんな大好きなpieceだよ♡)あれも最高だったけど、フェリックスはもっとゾクゾクして最高だった…!ああいう顔もっと見たいです!!!!!
優馬くんは元のお顔がお美しいから、冷めた眼をしていても、
蔑んだ顔しても、片方だけ口角あげて笑っててもいやらしくないし、むしろゾクゾクするからぜっっっったい似合うよ!!!!
アネットに「他にいい働き口探してやるよ」ってバッキバキの眼で言ってるの本気で興奮した。
楽しそうにはしゃいでる顔から急にうんざりした、世界に辟易した顔になる瞬間なんてほんとにほんとに大好物で、目の周りに丸い跡が残るんじゃないかっていうくらい双眼鏡でその顔を焼き付けてた。
それくらい新しい優馬くんが見れて嬉しかったから、優馬くんの演技がもっともっと見たい、いろんな役を見てみたいと欲深く思った舞台でもありました。
だからはやく次の仕事ください(どさくさ)

最後に性癖さらしただけだとアレなので、松竹座を出て駅に向かってるときに聞こえた曲があまりにもフェリックスへ送る歌だったので、それを残して終わりにしようと思います。

あなたは 何処でも行ける
あなたは 何にでもなれる
ただ幸せが 一日でも多く 側にありますように
悲しみは 次の あなたへの 橋になりますように


星野 源 - Family Song 【MUSIC VIDEO & 特典DVD予告編】

ABKAI2017「石川五右衛門~外伝」

なんだかんだ、合間を縫って一公演だけ見に行くことが出来ました。
シアターコクーン
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優馬くんと海老蔵さんが剣を交えている姿は、まさに絶景でした。
こんな未来があるなんて、まさかなあと思いながら見てしまった。
ひとりで活動し始めて早3年が経とうとしているけど、これからどこへ行くんだろうと漠然と見守っていた頃からは想像できない現実で。
優馬くんの今までの色んな努力や経験が、きちんと舞台の上で生きているなあとひしひしと感じて、漠然としていたあの頃もひとつも無駄にしていないなと実感しました。
それくらい着実な未来に辿り着いているなという成果の表れた舞台だったんじゃないかなあ。

優馬くんも初めての歌舞伎だけど、私にとっても初めての歌舞伎。(むしろ優馬くんは一度ぴんとこなで触れているから、私の方が素人かもしれないけど笑)
とっても楽しかった!煌びやかで華やかでこれぞエンターテイメントという真髄を見せていただいたような気がしました!
決して優馬くんの出番は多くはなかったけど、海老蔵さん扮する五右衛門と対峙するというとっても見せ場の多い役を頂いていて、満足度は十分でした。
そして白塗りの優馬くんは見慣れなくて新鮮だったけど、白粉をしてもそのお顔の麗しさは健在で。特に横顔が本当に美!だった。
優馬くんって顔立ちがハッキリした「美しさ」だからあんまり儚くみえたりしないし、むしろ強気そうに見えたりすると思うんだけど、今回はその意志の強さがすごく十兵衛という役柄に合っていたなあと思いました。
あとこれはもう今しかない特権だと思うけど、若さからくる艶とハリたっぷりな美しさみたいなものが、十兵衛の青さとなって滲んでいて、今の優馬くんにぴったりだなあとも思いました。
そして役も少し優馬くんと重なるなあなんて。
真っ直ぐで純粋で、芯が強い青年。でも偉大な父の後を追っているはずなのに、自分の信念とのすれ違いに気付く。
そんな真っ直ぐに生きられない現実に、真摯にひたすらに向き合いながら、不器用に自分の我を通していく。
こういう時、優馬くんもきっとこうするんだろうなあと思いながら十兵衛に思いを馳せていました。
そんな十兵衛ゆうまくんに、五右衛門が掛ける「自由になる覚悟はできたか?」ってセリフがまたニクいんだよな~!!
自由に軽やかに飛び回る盗賊・五右衛門と違って、いろんな責任やしがらみを抱える跡取り息子・十兵衛。
きっと心のどこかでその軽やかさに憧れ羨む部分もあるんだろうけど、責任を果たしそして繋いでいく覚悟もまた、十兵衛が自由に選んだ道。
もっと楽に生きる方法もあるんだろうけど、それでも柳生の名を継ぐ覚悟と責任を背負って「お相手仕る!」と叫ぶ十兵衛をどうしても応援したくなるのです。
その十兵衛のバックボーンと優馬くんの人柄とを照らし合わせながら見るのもまた、楽しめた理由の一つでもありました。

そして一番これが大事だと思うんですけど、きちんとABKAIの世界観や初めての歌舞伎を楽しめたのは何にも不安要素がなかったからというのが大きかったです。
舞台に立つ優馬くんに対して、何一つ不安になったり緊張したりすることがなかった。ちゃんと歌舞伎の世界に馴染み、浮くこともなく十兵衛として生きていたから余計なストレスなく見ることが出来ました。
これって本当にすごいことで、短い中で優馬くんがたくさん努力し稽古した証なんだろうなと思いました。
そして同時に自分のソロコンで「余裕でやってるように見せなきゃ。お客さんを不安にさせるのが一番アカンから。」と言っていた優馬くんを思い出しました。
私、優馬くんがこの感覚を持っているって知れた時、すごくうれしかったんです。そしてすごく信頼した。
この人は余裕を作ってステージに立つ人なんだ、と。そしてそのための努力や、練習を惜しまないんだと。
今回もきちんとそれを体現していたなあと思います。だから安心して見れたし、絶対これからの優馬くんの肥やしになると確信できた。
所作や、セリフ、立ち回り、すべてにおいて歌舞伎の世界として見れたこと、すごく誇らしかったです。
何事も堅実にコツコツと積み上げて、ひとつひとつクリアしていく真面目な優馬くんに、きっと歌舞伎という硬派な世界が合っていたんだろうなと思いました。

あとはもう一つ楽しめた理由として、ジャニーズの世界観と似ていることが挙げられる気がしました。
とにかく派手で豪華で煌びやかなところも、頭で考える楽しさではなく、目で見て耳で聞いて感覚で感じて、アドレナリンがドバドバでる楽しさもすごく似ていた。
物語ももちろん大切なんですけど、なんか楽しい!なんかすごい!それだけの感情で楽しめる軽やかさも魅力としてあって、エンターテイメントだなと思いました。
優馬くんもきっとどこか知ってる、みたいな感覚絶対あったと思う(笑)そう考えると優馬くんが今までやってきた仕事とあまり変わりないのかもしれません。
まあ私が知ってる歌舞伎はABKAIだけなので、総じてそうなのかは分からないですけど(笑)
でも歌舞伎~入門編~としては本当にピッタリで、先入観としての「お堅い娯楽」というイメージを払拭できるだけでも相当意味のある試みだなあと、歌舞伎初心者は思いました。

それからやっぱり海老蔵さんがすごかった!スーパースター様、超かっこいい!!!!と思わずにはいられない圧倒的オーラが素敵でした。
仕草ひとつひとつに色気があるし、表情ひとつひとつに男気もあるし、立ち回りひとつひとつに繊細さもあるし、他にも見得を切るときの迫力も、ねぶたの上に立つ豪快な立ち姿も、本当にぜんぶ完璧なお方だった…!
こんなかっこいい方と優馬くんが背中を合わせ、剣を交えているという現実に何度震えたか。優馬くんにとって本当に貴重な経験だし、さらに私は今貴重な機会を目にしているんだと実感し、本当に幸せでした。

だからこそ、そんな海老蔵さんが「人生で一番泣いた日です」と綴る現実の非情さに胸がすごく痛んで。あんなに堂々と舞台に立つ人もひとりの人間で、大切な人を失う悲しみをこらえ舞台に立たなければいけないんだと、そしてあの堂々たる海老蔵さんを支えていたのはたったひとつの命だったんだと、あの海老蔵さんを見たからこそより一層我慢できない哀しみがありました。
そして海老蔵さんが一番大変だったのは、分かり切ったことだけど、きっと同じ舞台に立つ演者の皆様にとっても、いろんな葛藤と踏ん張りがあったんだと思います。
舞台に立ってくれるのは当たり前ではなく、色んなものを背負いながらも届けている人がいること、今回のことで身に染みて感じました。
何があっても舞台に立ち続け、いつもと変わらないものを届ける、そういう場所であり、そういう世界であることは時に非情ではありますが、役者側がその責任を果たそうとする以上、私たちはその人が舞台に立つ限りきちんと見届けることが唯一出来ることなんだと思います。
だからどうか。あれからもずっと舞台に立ち続ける海老蔵さんが、ずっとずっと多くの人が憧れる、スーパースターで在り続けますように。
本当にお疲れ様でした!
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ここからは、あまりABKAI自体には関係ないかな~と思ったけど、残しておきたいので追伸、的な感じで(笑)
今回のMyojoの海老蔵さんと優馬くんの対談でのことなんですけど、海老蔵さんのお言葉が印象に残っていて。
「まだ23歳で舞台をやっていくという姿勢はたいしたもの。やっぱりどうしても有名になりたいから連ドラとか、そっちのほうがいいんじゃないかと思いそうだけど、自分というものを見定めて、会社の方針も理解して、こういう現場にいるわけでしょ」
この言葉を聞いたときすごいなーと思って。そこまで背景を読める人なんだなって純粋にすごくびっくりして。そしてしっかり優馬くんを見てくれているんだなあと少し嬉しかったんです。
確かに優馬くんはあまりテレビに出演しないし、舞台の現場が圧倒的に多いけど、やっぱりちゃんと意図があったのだなあと腑に落ちたというか。
それが優馬くんの意思なのか、会社の方針なのかは分からないけど、どちらにせよ長いスパンで時間をかけて力をつけようとしているんだなと感じました。
だから今優馬くんがしてることって、長い目で見ると絶対無駄なことじゃないと思うし、絶対やってて良かったって思えることなんじゃないかな。いっぱい踏み込んだ人って上がる時にすごい力で飛べると思うから、その時のことを思うと純粋にすごく楽しみです。
その間は少し物足りなく感じたり、焦りを感じたりもするかもしれないけど、真面目な優馬くんならきっと報われるだろうなあと変に自信があります(笑)
そしていろんな力を蓄えてる最中の大事な時期に、このABKAIに出演出来たのだなと思うと感慨深い……。
デビューから今までずっと忙しなく駆け抜けてきた分、ソロ活動を始めてからのここ2、3年は割としっかり地に足つけて進んでるような気がするので、やっと優馬くんのペースで歩ける日が来てるんだなあと思います。
だからこのまましっかり進んでくれるといいなあ。
次の「にんじん」も楽しみにしています。